3.独立系労働団体の創設とその限界
CT-CTM体制の下で成長を阻まれてきた独立系労働組織であったが、1997年の労働者全国連合(UNT)の誕生によって、CTの独占に終止符が打たれた。UNTの主要加盟組織はメキシコ電話労働組合(STRM)、メキシコ国立自治大学労組(STUNAM)、社会保険庁労組(SNTSS)などであり、1960年に設立された製造業部門の独立系労組連合である労働者真正戦線(FAT)も加わった。その目的は労組を組織する自由の保障、組合内慣行の民主化(例えば公正な選挙による指導者の選出など)にある。その一方で生産性向上のために企業家、政府と協働する「新しい組合主義」も掲げた。それは1996年に労働省、CT-CTM、経営者団体の間で締結された「新しい労働文化のための協定」のなかで求められた内容と共通する。協定では階級・対立ではなく連帯にもとづく共同体としての企業像が提示され、報酬と雇用の保障は能力開発による生産性・競争力向上とグローバル化への適合によって実現されることで合意された。それは新自由主義に適した新しい労働倫理であった。
UNTの評価は分かれる。まず合議による決定、集団的リーダーシップ、組合間の平等、透明性などの民主的な手続きを実行していること、そして国際的なプレゼンスや他の組織と連携する柔軟性を備えていることは肯定的に捉えられ、独立系運動の担い手として期待が寄せられている。他組織との協同については、2008年に「農民、NGOと連携して、食料・エネルギー主権、労働者の権利、民主的自由を求める運動」を組織し、新自由主義モデルとその社会的影響に抗して、憲法条項の尊重を求める活動を進めてきた実績がある。他方、厳しい見方もある。それは、地域
的にその勢力はメキシコシティ周辺部に限定されており、全国的な求心力をもつに至っていないこと、労働官僚の統制を受けていること、PRIと近い組合(社会保険庁組合など)や指導者が存在し、少数ながらCTにも加盟したままの組合があること、秘密主義、権威主義、不透明な財政操作が疑われることなど、さまざまである。また新しい労働倫理についてUNTをビジネス労働運動と揶揄する声もある。その後、CT系の社会保険庁組合がUNTを離脱したことで独立性は強まったが、加盟者の多くを失うことになりUNT自体の力は減退した。UNTがどこまで経営者、政府、政党から自立性を堅持し、労働者の権利擁護と組合内の民主主義を実現できるかに、UNTの今後がかかっている、と言える。それはメキシコ労働運動を再編・刷新できるかもしれないし、従属化・
形骸化、衰退させるかもしれない。だが、これまでUNTに希望を見出していた論者の間でも悲観論が強まっているのが、近年の現実である。
2002年にはメキシコ組合戦線(FSM)が「独立系労働連合」として発足した。それは電力労組(SME)とメキシコ首都大学労働者独立組合(SITUAM)を中心として約40労組が加入した組織で、新自由主義に抵抗すべく労働者、国民を動員することを目的として掲げた。FSM代表(SME書記長)は「他の労働連合を批判することも、分裂されることもしない。我々は独立した運動を進めることだけを決意した。政府の承認も、議会の議席も求めない」と述べている。2009年に中央電力公社(LFC)の清算と4万4000人の従業員の解雇が政府によって決定された際には、SMEは大規模な撤回要求・抗議運動を組織して、存在感を示した。政府の狙いはSMEの分断化にもあったと言われている。だが、FSMの活動は電力の国有化への反対に集中し、地域的にもその勢力
分布は首都圏周辺に限定され、しかも連合というほど十分に組織化されていなかった。FSMとの関係は定かではないが、2014年1月4日にその主要2団体SME、SITUAMに教員組合調整委員会(CNTE)などが加わり、新労働中央連合が発足した。SMEの活動はこの新組織に移行したようである。
以上のように、「独立系」労働連合が2団体発足したことにより、CTによる一極支配は幕を閉じた。UNTとFSMは状況に応じてその距離を調整してきたが、単独で全国的な独立系労働運動を代表する影響力をもつにはほど遠く、求心力をもって労働者の再結集と利益代弁を実現していくかどうかは疑わしい。現在のメキシコの労働運動の弱体化は、2012年の労働法改正の過程をみても明白である。