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18:世界の労働運動-総括と展望<3/4>

ヨーロッパにおける労働運動の刷新
 
 今回本シリーズに掲載された論考を通読してみて、おもしろい発見があった。高度な福祉国家を実現してきた強力な労働運動をもっている国は、その遺産の大きさゆえにグローバル化に対応した柔軟な対応ができず、新しい戦略を見出すのに苦労しているのに対して、相対的に労働運動が弱い国でグローバル化に柔軟に対応し、社会的評価を高めることに成功している例がしばしばみられるのである。

 水島治郎「オランダの労働組合――たえず改革される労組をめざして」によれば、オランダの労組組織率が高いとはいえないにもかかわらず、労働組合は社会的存在感が大きく、公的なアクターとして認められている。その理由として、オランダには、いわゆるネオ・コーポラティズムといわれる政労使の意思決定の場が存在し、労組はそこにおいて現実的柔軟な政策対応を示してきたという点が指摘される。

1970年代オランダは失業とインフレ、財政逼迫に悩まされていたが、労組は政府の要請に応じて労働時間短縮や賃金抑制に応じ、経済危機を脱することに大いに貢献した。また近年では、かつては批判的であったパートタイム労働を認め、その組織化を進め、正規と同等の権利擁護のために積極的に活動し、その結果、労働組合はもはや「正社員クラブ」ではなくなっている。このように現実の変化に対応した柔軟な方針によって、格差社会化に歯止めをかける重要な役割を、オランダの労働運動は果たしているといわれる。

ただし、移民の社会的包摂においては成功しているとは言い難く、「自由な選択」の結果として人種的な隔絶が生まれていると水島は指摘している。自発的意思に基づく協同体の閉鎖化という危険性は、協同主義デモクラシーにおいて、もっとも警戒すべき点である。

 渡辺博明「スウェーデンの労働運動――その実績と試練」によれば、スウェーデンにおいては、強力な労働組合を背景に政労使の意思決定(ネオ・コーポラティズム)による経済成長と雇用・福祉政策の両立が図られてきたが、1980年代からそうした体制が崩れ、1990年代以降、保守と社会民主勢力との間に政権交代がみられるようになった。

 スウェーデン労組の高い組織率の背景にゲント制(運用主体が労働組合)といわれる失業保険があることはよく知られているが、2006年政権奪取した保守勢力は、失業保険手当の引下げと支給期間の短縮を断行し、かつ組合費への税控除制度を廃止した。その結果組合組織率は、過去10年間で10%ほど低下し、約70%に落ち込んでいる(いうまでもなく、この数値はなおトップ・レベルであるが)。スウェーデンにおいても、労働市場の柔軟性を求めるヨーロッパ単一市場の圧力が強まっており、これに対抗する労働運動の新たな戦略の構築が求められている。

 ドイツ労働運動は、北欧と比べれば弱いとはいえ、強力な産業別労組に支えられ、手厚い雇用保障や福祉国家政策を実現してきた。なかでも金属産業のIGメタルはドイツ最大の労組であり、グローバル化が進行するなかでも強い求心力と団結力を誇ってきたが、ついに2003年ストに敗北する。これは、21世紀に入ってからドイツが経験する福祉国家縮減改革や雇用柔軟化の引き金となった象徴的事件である。IGメタルの敗北を丹念に検討した近藤正基「現代ドイツの労使関係と労働組合――金属産業労使紛争におけるIGメタルの栄光と挫折」は、いかに強い労働組合も、戦略的柔軟性を欠くと、社会的支持や内部的結束力を低下させてしまうことを示唆している。

 力久昌幸「イギリスの労働運動――新自由主義改革と労働組合」を読むと、イギリス労働運動こそ、過去の遺産を食いつぶした代表例であるといえそうである。第二次世界大戦後イギリス労働運動は、労働党を支え、福祉国家建設の強力な推進力となったが、1970年代経済低迷のなかで社会的協調路線を維持することができず、労働党政権に反旗を翻し、結果として社会的な信頼を完全に失ってしまう。

 1979年労働党はサッチャー保守党に政権を譲り渡し、サッチャー政権はイギリス労働運動の伝統であるヴォランタリズムを覆す労働立法を相次いで断行し、労働組合の組織力を著しく減退させた。そして1997年代政権に復帰した労働党政権は、サッチャー時代の労働立法を見直すことはしなかった。ブレア労働党政権の下で個々の労働者の権利保護の動きは見られたものの、労働組合復権の機会は訪れなかった。今日保守党単独政権の下で、労働組合は一層厳しい組織運営を迫られている。

 フランスは、ドイツとは対照的に、伝統的に労働組合組織率が非常に低い。実はアメリカよりもまだ低いが、松村文人「フランスの労働運動――全国中央交渉と雇用安定化法」は、その理由をフランスの労働組合が「役員の組織」であり、制度的にもユニオン・ショップや組合費の天引きが禁止されているためであると指摘している。

 しかし組合組織率が低いから労働組合の力が弱いと考えるのは早計である。フランスでは従業員代表制度を通じて労組の存在が広く認められており、組合の呼びかけに応じた200万人規模の全国統一行動が行われることも稀ではない。昨今フランスでは、ドイツ同様にフレクシキュリティ(注5)の方向性をめざした制度作りが進んでいるが、ドイツとは異なり、産業別協約機能の低下はみられない。これは、そもそもフランスの労組が軽装備であり、機動的な戦略をとってきたことと無縁ではないだろう。

 伊藤武「現代イタリア労働運動の組織的課題と三大労組の取り組み」によれば、イタリアにおいても組合組織率は減少傾向にあるものの、2011年現在35%と比較的高い組織率を誇っている。イタリア労組においては退職した年金受給者労組が大きな勢力となっていることが特徴であり、現役労働者、とりわけ周辺労働力の組織化が課題になっている。しかし女性労働力の組織化についてはかなりの成果がみられるものの、若年労働力、移民労働力の組織化においてはなお効果的な対策が打ち出せていない。退職者は過去の遺産に基づく自らの権利を守ろうとするので、彼らが強い影響力を保持することは、新しい社会状況に対応した柔軟な労働運動の展開を困難にする面があることは否めない。

 スペイン・ポルトガルは隣国であるだけでなく、様々な歴史的文脈を共有している。民主化が行われたのは1970年代中葉であり、ともに1986年にEU加盟を果たした。横田正顕「グレート・リセッションと労働政治――スペイン・ポルトガルにおける社会的協調」によれば、スペイン労働組合の場合、もともと組織率は低かったものの、社会的協調路線を通じて政策に深く関与することによって、徐々に改善されている。これに対して、ポルトガルではかつて労働組合組織率が非常に高かったが、最大労組CGTPが社会的協調に消極的な態度を示し、組織率の低下を招いていた。

 このような両国の社会的協調路線と労働組合組織率の関係は興味深いものであったが、リーマン・ショック後のグレート・リセッションに直面し、両国ともに緊縮財政を余儀なくされた結果、両国の労働政治はともに対話から対決へと移行してしまい、労働運動の先行きは不透明なままである。
 

脚注
5:柔軟な労働市場と手厚い社会保障を同時に実現する経済戦略のことであり、オランダやデンマークの取り組みがよく知られて いる。

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