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1:労働運動の歴史的意義と展望 ──格差世界からの脱出<2/3>

3.格差世界
年越し派遣村が社会現象になったのは、まだ記憶に新しい。小泉構造改革に熱狂した国民は、リーマン・ショックによって新自由主義的民活路線、労働市場規制緩和がもたらした低賃金と不安定雇用という現実に冷水を浴びせられた。働けど貧困から抜け出せない「ワーキング・プア」や、雇用保障がなく、簡単に解雇される「派遣切り」の問題は、格差社会の実態を浮き彫りにした。年越し派遣村は2010年には打ち切られたが、社会的下層の生活苦は改善されていない。直近の報道では、なお11都道府県において最低賃金が生活保護水準を下回っている(『読売新聞』2012年7月26日)。

格差社会化は、日本だけの現象ではない。資本が世界を自由に徘徊するグローバル化の進行は、世界規模での富の集中と貧困の蔓延を惹起している。不安定という言葉と労働者階級という言葉を組み合わせたプレカリアート(precariato)という言葉は、2003年イタリアの落書きのなかから発見されたといわれるが、瞬く間に世界中至る所で流通するようになった。

ある研究によれば、世界のジニ係数(ここでは、0から100までの値で表されている。0に近いほど所得の平等性が高く、100に近づくほど所得格差が大きい)は1980年には43から46程度であったものが、1999年には54、2005年には67となっている。1990年代末には、発展途上国の雇用(農業を除く)の4分の3、ヨーロッパ15ヵ国平均では全雇用の3分の1が非正規雇用となっている。南北格差も拡大している。1990年アメリカの平均所得はタンザニアの平均所得の38倍であったが、2005年には60倍以上になった。控えめに見積もっても、世界で最も豊かな上位500人の所得合計は、最も貧しい4億1600万人の総所得を上回ると推計される(Bieler, Lindberg, and Pillay: 10)。

ILOのGlobal Employment Trends 2012によれば、現在世界の労働人口は33億人であり、そのうち2億人が失業している。さらに9億人がその家族とともに1日2米ドルの貧困線以下の生活を余儀なくされている。しかもこの数字のなかには先進国の貧困者は含まれておらず、実態はさらに深刻である。またリーマン・ショック以降、失業率は高止まりしている。2007年当時からみれば、失業者は2700万人増えており、2010年には5.1%、2011年には4%の経済成長がみられたにもかかわらず、失業率は6%から減っていない(ILO 2012: 31)。いわゆる「雇用なき成長」が起こっているのである。

巨大な富が少数の手に集中し、他方仕事を持てず、持てたとしても貧しくその日暮らしを余儀なくされる無数の人々がいるということは、富の絶対量が足りないのではなく、富の分配に問題があることを示唆している。トリクルダウン効果(上層の潤いが下層へとこぼれ落ちる)というものが、たとえあったとしても、それは喉の渇きを潤すにも足りないほどのものである。 市場による分配は、多くの人々の生存権を脅かし、社会的公正を損なうものとなっている。

社会的公正の追求、市場効果の是正は、単なる道徳的要請ではない。疫学者のウィルキンソン&ピケットは、経済発展と平均寿命の延びの間に相関関係が見られること、しかし先進国ではそのような関係が消え、むしろ各国の貧富の差と平均寿命が相関していることを指摘する(ちなみにアメリカの州レベルでみても、その関係が明らかになる)。さらに格差が大きい社会では、犯罪率が高く、社会的移動性が低く、社会的信頼が低くなる傾向も浮かび上がる(ウィルキンソン&ピケット 2010)。

人間が社会的存在である以上、個人がよりよく生きるためにはよりよい社会環境が必要であり、よりよい社会環境実現のためには社会の平等化が効果的なのである。にもかかわらず、現実には世界規模で格差が拡大している。かつて福祉国家を推進し、 社会的公正を求めてきた組織労働の低迷が、その大きな原因のひとつと考えられる。格差を是正し、社会的公正を実現する「もうひとつのグローバル化」を実現するためには、労働運動の立て直しが急務なのである。

4.連帯の再構築
かつてマルクス=エンゲルスは、資本主義が各国の労働者に同じような窮乏化をもたらすと考え、「万国の労働者、団結せよ」と呼びかけた(マルクス=エ ンゲルス 1952)。しかし第一次世界大戦を契機に労働運動は、国境を超えた連帯ではなく、一国内における階級を超えた連帯へと関心を移していった。 福祉国家は、そのようにして生まれた国民的連帯である。しかし一国主義的な社会的保護が資本のグローバル化によって困難になっている今日、改めて労働運動の国際的連帯への動きが活発化している。

冷戦時代、国際自由労連はアメリカのビジネス・ユニオニズムの影響下にあったが、冷戦終結後は東側労組も参加し、ILOと協調してディーセント・ワーク・フォー・ディーセント・ライフ(まともな生活のためのまともな仕事)を求め、資本のグローバル化のなかで多国籍企業の労働権の侵害や社会的正義に反する行動への監視を強めている。2006年には国際自由 労連はキリスト教系の国際労連と合併し、国際労働組合総連合(ITUC)が生まれた。

国際自由労連は、1990年代後半から国際産業別書記局(ITS)とともに多国籍企業に対して労働慣行のルール化を求めていたが、ITSから衣替えしたグローバル・ユニオンは多くの多国籍企業との間で 「国際枠組協定」を結ぶに至っている。労働慣行のルール化が任意の一方的なイニシアティブであるのに対して、国際枠組協定は、国境横断的な労使の団体交渉の誕生として注目される。協定の内容は様々であるが、ILOの中核的労働基準(結社の自由、団体交渉権、労働代表の差別禁止、強制労働の廃止、雇用における差別防止、同一価値労働への同一賃金など)をベースにしている(小川正浩2009参照; http://www.eurofound.europa.eu/areas/industrialrelations/dictionary/definitions/internationalframeworkagreement.htm)。

国境横断的な団体交渉によって多国籍企業の 行動を監視・牽制する動きは、EU統合が進む欧州 においてより具体化・実質化している。ヨーロッパではソーシャル・ユニオニズムの伝統が強く、労使の間に社会的パートナーシップの伝統があり、欧州労働組合連合(ETUC)は1990年代から経営側と積極的に社会対話を繰り返し、ソーシャル・ヨーロッパ(欧州レベルでの社会的保護システム)の実現を目指してきた(小川有美 2009参照)。産業レベルでは、国際枠組協定以上に詳細な内容を盛り込んだ欧州枠組協定も生まれている(ESP 2006参照)

しかし社会対話はソーシャル・ヨーロッパを実現するには程遠く、ソーシャル・パートナーシップは名目的象徴的なものにすぎず、新自由主義的な雇用柔軟化にお墨付きを与える結果に終わっているとの批判もある。たとえばデンマークやオランダが率先し、今日EUレベルでも提唱されているフレクシキュリティ(雇用の柔軟化と社会保障の同時実現)戦略は、現実には、社会保障水準を引き下げ、雇用の不安定化を招き、労働協約の効力を弱める危険性がある。

労使の交渉システムが格差社会化を効果的に抑制できていないという反省から、世界社会フォーラムや欧州社会フォーラムが生まれた。これらのフォーラムは、資本の支配するグローバル化に対抗し、民衆本位の自立的なグローバル化を標榜している。第一回世界社会フォーラムは2001年1月にブラジルのポルト・アレグレで開催されたが、ネオリベラル・グローバル化に反対する様々な市民団体、非政府系組織、社会運動団体が117カ国から集い、約二万人が参加した。また2002年11月フィレンツェにおいて、「戦争、人種主義、ネオリベラリズムへの反対」をスローガンに、第一回欧州社会フォーラム(ESF)が開かれた。そこには約6万人の各国代表団が集い、戦争反対デモには、主催者側発表で100万人を動員したといわれる。

これら社会フォーラムに対しては、過激であり、急進的に過ぎるという批判もあるが、世界の格差化が進行している現状に明確な「ノー」をつきつけたこと、そして労働組合だけではなく、様々な社会運動や市民運動の代表が集い、連帯と民主的討議によって「新たな世界」実現を目指す動きを示したことの意義は小さくない。労働運動再生という観点からみれば、それは社会運動ユニオニズムの可能性を示唆するものと考えられる。

社会運動ユニオニズムとは、労働運動が社会的に一部の恵まれた層(なかんずく正規雇用労働者)の利益を守るものにすぎないという批判に対して、 環境運動や消費者運動など、いわゆる新しい社会運動と連帯し、協調行動を繰り広げることによって、新たな支持を獲得し、社会的承認を得ようという戦略である。近代において、労働運動は、いや労働運動こそが、社会運動であったといえるが、近代の価値観が揺らぎ、相対化されるポストモダン(もしくは再帰的近代)の時代において、従来の殻に閉じこもっていては社会的に取り残された存在になってしまうという危機感がその背景にはある。

すでにヨーロッパにおけるソーシャル・ユニオニズムから社会運動ユニオニズムへの流れについて確認したが、社会運動ユニオニズムへの指向性は、実はビジネス・ユニオニズムにおいてより切実なものといえる。ビジネス・ユニオニズムは組合員の利益実現に関心を集中するため、社会的には一利益集団と化しており、そのままでは社会的価値観の多様化、柔軟な雇用の時代に対応できない。そうすると、労組はますます社会的魅力の乏しい存在になってしまい、新たな組合員獲得が困難になる。

労働協約の広範な適用により労組の影響力が保持されるのでなければ、一層のこと労組再生にとって組織率回復は欠かせない条件となる。ビジネス・ユニオニズムは、組合員の利益を守るためにも内向きの囲い込み戦略ではなく、外に対して連帯を求める開放政策に向かわざるをえない。開放政策としては、社会運動ユニオニズムと並んで、正規・非正規、職域の垣根を超えた横断的組織化戦略が重要である。ただし横断的組織化は、他の労組の「縄張り」に手を出すことになるので、「帝国主義的侵略」と批判され、労組間の緊張関係を引き起こす場合がある。

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