機関誌Int

lecowk

1:労働運動の歴史的意義と展望 ──格差世界からの脱出<3/3>

5.小さな物語
ビジネス・ユニオニズムもソーシャル・ユニオニズム も、社会運動ユニオニズムに活路を見出そうとしている。とはいっても、社会運動ユニオニズムがビジネス・ユニオニズムやソーシャル・ユニオニズムにとってかわるわけではない。社会運動ユニオニズムが示唆するのは、労働運動が、そのアイデンティティを再確立し、労働者の権利と利害を守るためには、他の社会運動との連帯が必要になっているという事実である。社会運動ユニオニズムは、既存の運動を排斥するのではなく、それを補うものと考えたほうがよい。

社会運動ユニオニズムが、順調に拡大し、すんなりともうひとつの世界を手に入れる可能性は皆無に等しい。欧州社会フォーラムは毎年開かれる予定であったが、開催国探しが難航し、二年に一度の開催となり、しかも参加者は激減し、2010年イスタンブール大会には5000人が参加したにすぎない。しかも掛け声だけで具体的な行動戦略が示されていないという不満の声が挙がった(http://www.socialistworld.net/doc/4389)。社会運動ユニオニズムは、それ自体が運動の中核になるというよりも、古い運動を刷新する媒介となるという点で重要である。

しかし社会運動ユニオニズムに対しては、近代からポストモダンへの移行という前提そのものへの批判がある。近代における労働者の団結が決して自然発生的に生まれたものではなく、共通のアイデンティティの発見によって、いわば一つの共同主観性として形成されてきたことを考えれば、社会運動ユニオニズムは現代における価値観の多様化と組織化の困難性を過度に強調しているのではないか。

どれほど労働条件、生活環境が似通っていようと、共通のアイデンティティがなければ、労働者としての主体形成がなされないということは、どれだけ労働条件や生活環境が異なっていようとも、そこに共通のアンデンティティを形成できれば、労働運動は再生できるということでもある。とはいえ、近代とポストモダンにおける主体形成の困難性の違いについては、やはり認識しておくべきであろう。

かつて労働者の団結を促すものとして、たとえば 革命という大きな物語があった。革命と言わずとも、民主主義政治を通じての平等化、社会改良もまた、歴史的進歩という大きな物語である。しかしそのような「大きな物語」はすでに失われてしまったとすれば、今なにを拠り所に「われわれ」という主体を立ち上げることが可能なのだろうか。

このような問いは、ポストモダン原理主義者からすれば、そもそもナンセンスであろう。主体の消失、無効化こそがポストモダンの大前提なのだから。しかしポストモダンのコペルニクス的認識の転回がそこで止まるなら、それは現実にはネオリベラルなグローバル化の同伴者を生み出すにすぎない。労働運動の再生にとって重要なのは、やはり平等化や社会的進歩の物語である。ただしそれを普遍性として語ることはもはやできず、あくまでローカルな文脈依存的なものとして語られる必要があろう。それは、いわば一つの大きな物語ではなく、無数の小さな物語である。

小さな物語を語ることは、グローバル化という大きな流れを見失うことを意味しない。グローバル化は、ローカルな生活の場でこそ実現している。資本が国境を超えるといっても、その活動は特定の場において生ずる。その場においてこそ、実は社会運動ユニオニズムの可能性が最も真摯に問われる。先にビジネス・ユニオニズムとソーシャル・ユニオニズムでは社会運動ユニオニズムを捉える文脈が異なるのでは ないかと指摘したが、それはなお一般的考察にすぎない。各国の文脈は多様であり、その文脈のなかで ビジネス・ユニオニズム、ソーシャル・ユニオニズム、社会運動ユニオニズムは、固有の形で結びつく。結合の様々な可能性は、労働運動再生戦略の多様性を指し示す。

したがって社会運動ユニオニズムの可能性を論ずるとき、世界社会フォーラムや欧州社会フォーラムという国際的潮流を念頭に置きながらも、各国の労働運動の問題と再生戦略を比較検討することが重要になる。今私たちは、ネオリベラルなグローバル化という言説空間のなかに閉じ込められている。古い社民の言説は時代遅れとなり、福祉国家は平等性ではなく、財政的維持(持続)可能性から語られる。福祉受給のためには、涙ぐましいまでの就労意欲と努力を求められる。労働運動再生の道は、そのようなネオリベラルな言説空間から抜け出すために平等とよりよき未来に向けた小さな物語をいくつも見出し、編んでいくことのなかにあるように思われる。

ネオリベラルなグローバル化から抜け出す道は、ローカルな場で小さな物語を紡ぎだす営為である。小さな物語こそが、切れ目のない、閉じられた世界に亀裂を走らせ、一条の光をもたらすだろう。


参考文献
・小川有美(2009)「ヨーロッパ化する労働運動」新川敏光・篠田徹編著『労働と福祉国家の可能性』ミネルヴァ書房
 ・小川正浩(2009)「新段階へ向かう国際労働運動」新川敏光・篠田徹編著『労働と福祉国家の可能性』ミネルヴァ書房。
・リチャード・ウィルキンソン&ケイト・ピケット(2010)『平等社会』東洋経済新報社。
・橘木俊詔(1998)『日本の経済格差』岩波書店。
・福田歓一(2009)『デモクラシーと国民国家』(加藤 節編)岩波書店。
・マルクス=エンゲルス(1952)『共産党宣言共産主義の原理』大月書店。
・Bieler, A., I. Lindberg, and D.Pillay (2008)“ The Future of the Global Working Class: An Introduction,” in Bieler, Lindberg, and Pillay (eds.), Labor and the Challenge of Globalization: What Prospects for Transnational Solidarity?: 1-22.
・Bieler, A. and T. Schulten (2008) “European Integration: A Strategic Level for Trade Union Resistance to Neoliberal Restructuring and for the Promotion of Political Alternative?”, in Bieler, Lindberg, and Pillay (eds.), Labor and the Challenge of Globalization: What Prospects for Transnational Solidarity?: 231-247.
・E S P ( EuropeanSocial Partners) (2006) Implementation of the European Framework Agreement on Telework, adopted by the Social Dialogue Committee on 28 June 2006.
・International Labour Organization (ILO) (2012) Global Employment Trends.Geneva.
・Lipset, S.M. (1981) Political Man (expanded ed.), Baltimore: Johns Hopkins University Press.

一覧へ戻る