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4:小さな物語が繋がり支え合う大きな世界の労働運動(3)<1/5>

3.小さな物語の多彩な「現地」 

上記の平民社についての二つの記述は、明治末 期に既に、平等とよりよい未来に向かう事を自分の 問題として突き詰める「現地」が、各地に多数存在 していた事を示している。さらに明治中期に近代日 本の社会労働運動を様々な形で胚胎した自由民権 運動の仔細な研究、例えば自由民権期の結社研究 を牽引した新井勝紘が編んだ『日本の同時代史  22 自由民権と近代社会』(2004)吉川弘文館 は、それらがさらに明治中期には形成されつつあった ことを明らかにする。そして我々は今それらの現地 を、そこでやがて互いに繋がり支え合って大きな世界 を創ることになる夫々の小さな物語を紡いだ人を、そ の人となりと一緒に垣間読むことが出来る。1997年 に日外アソシエーツから刊行された『近代日本社会 運動史人物大事典』のお陰で。

全5巻、4200ページ余に及ぶ本書は、1866 ~ 1945年までを対象に、1万5000人のこれら紡ぎ手と その現地が記載されている。この膨大な作業は、 1976年6月に在野の思想史家のしまねきよしが、戦 後平等とよりよき未来の大きな物語に違和感を覚え て、むしろ名も無き人々の小さい物語が詰まった大き な物語を紡がんと、その在野史観に基づく調査運動 を展開した思想の科学研究会が出す同名雑誌で、 「日本社会主義人名事典」を作りたいと声を上げた 事に由来する。やがて56名の編集委員と375名の 執筆者を集めたしまねの企画は、以下の37の範疇、

両毛騒擾、自由民権、政党事始・普選、無産政党、労働 組合、農民運動、学生運動、青少年運動、都市化問題、 消費組合、アナキズム、水平社、右翼、救援会、医療運動、 教育運動、文化・文学、思想・哲学、宗教・反宗教、ジャー ナリズム、実業家、反戦平和運動、女性解放、鉱山運動、 沖縄人、アイヌ、海外活動、エスペランティスト、在日朝鮮人、 在日外国人、初期社会主義、在日台湾人、在日中国人、在 ソ「被粛清者」、無産者運動(無産政党・労働組合)、奄 美、風俗・芸能、城西消費組合、茨城共産主義運動 

の下、1万5000の「現地人」の物語を綴った。それ はまた既刊の「左」の大きな物語に基づく人名事典 に対する挑戦状でもあった。

実はこうした挑戦的な綴り方運動はこれが初めて ではない。これに先立つ事1989年に、『思想の海へ [解放と変革]』全31巻が社会評論社から出された。 8名の編集委員会で34名の各巻責任担当者が 集ったこのシリーズは、「近世・近代日本300年間に わたる生きた思想の記念碑的なアンソロジー」を編 む事を目指した。各巻の内容は以下の通りだ。

「百姓の義―ムラを守る・ムラを超える」「方法の革命= 感性の解放―徳川の平和の弁証法」「江戸期の開明思 想―世界を開く・近代を耕す」「民の理―世直しへの伏 流」「倒幕の思想=草莽の維新」「明治草創=啓蒙と反 乱」「自由自治元年の夢―自由党・困民党」「社会主義 事始―明治における直訳と自生」「大正デモクラシー―草 の根と天皇制のはざま」「近代文明批判―「国家」の批 判から「社会」の批判へ」「アジアと近代日本―反侵略の 思想と運動」「思想の最前線で―文学は予兆する」「個 の自覚―大衆の時代の始まりのなかで」「芸術の革命と 革命の芸術」「危機の時代と転向の意識」「反天皇制― 「非国民」「大逆」「不逞」の思想」「土民の思想―大衆 の中のアナキズム」「水平=人の世に光あれ」「日本番外 地の群像―リバータリアンと解放幻想」「愛と性の自由― 「家」からの解放」「女性=反逆と革命と抵抗と」「自我の 彼方へ―近代を超えるフェミニズム」「フェミニズム繚乱― 冬の時代への烽火」「谷中村から水俣・三里塚へ―エコ ロジーの源流」「島々は花綵―ヤポネシア孤は物語る」 「海外へユートピアを求めて―亡命と国外根拠地」「歴史 の思想―誰が歴史をつくるのか」「無産政党と労農運動」 「天皇制国家の透視―日本資本主義論争I」「世界農業 問題の構造化―日本資本主義論争II」「戦時下の抵抗 と自立―創造的戦後への胎動」。

基本的に運動思想に焦点を当てながら、既存の 「大きな物語」に対するもう一つの視点を提供せん とする意気込みは、上記のしばしば挑戦的な題名と 共に、原典を選択した各巻編集者の解説からも十 分伝わる。

一方この国には、あらゆる運動現地とそこでの大 小の物語を、一定の空間に於いて時系列で追い掛 けようとする営みも存在する。大阪社会運動協会の 『大阪社会労働運動史』がそれだ。1986年の第1巻 を皮切りに2009年までに9巻を数える。明治期から 最近までの大阪の社会労働運動で公刊された文 字媒体から網羅できる社会労働運動の動向を、綿 密な時代背景の記述を付しながら、争議から選挙、 そして文化活動に至るまでの詳細な記録は、各巻を 時には1300ページ余りにまで脹らます。確かに日本 では様々な運動史の資料が数多編まれて来たが、 これ程の総合的で徹底的な壮挙は空前絶後と言っ て良かろう。同時に本書は大阪という運動現地とそ こでの物語の特異性を見事に著わしてもいる。

今から10年程前にBlair Rubelという米国の歴 史家が Second Metropolis: Pragmatic Pluralism in Gilded Age Chicago, Silver Age Moscow, and Meiji Osaka, (2001) Cambridge University Pressという著作を出した。セカンドメトロポリスとは首都 を凌ぐ経済力と政治社会文化に活力を備えた大都市 を指し、19世紀末から20世紀初めの米国、ロシア、日 本からシカゴ、モスクワ、大阪を取り上げた。これらの街 の旺盛な力の源泉は、「実践的多元主義(pragmatic pluralism)」と筆者が呼ぶ、国家や地方政府を含め 如何なる勢力もその他全てを圧する力を持たない、 極めて多数のアクターが競合し互いに柔軟に連携し 合う状況だという。その一端を『大阪社会労働運動 史 第2巻戦前篇(下)』の目次に見てみる。

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