このようなパートタイム労働者の保護と待遇改善 が、労働者のワーク・ライフ・バランスの実現を支援 するのみならず、「格差」の是正に大いに役立つの はいうまでもない。周知のように日本では、非正規労 働者が増加の一途をたどり、全労働者の3分の1に およんでいるが、これらパートタイム労働者や派遣労 働者の待遇は、正社員労働者に比べて明らかに 劣っている。そのため、非正規労働者の増加が、日 本における経済的な格差の拡大につながっているこ とはしばしば指摘されるところである。
しかしオランダでは、1980年代以降のパートタイム労働者の大幅な増加にもかかわらず、社会全体とし ての格差はとりたてて拡大しておらず、今もなお北 欧諸国に次ぐ「平等な」国とされている。その謎を解 くカギは、フルタイム・パートタイム間の均等待遇の実 現にある。パートタイム労働は低賃金労働を意味する ものではないし、何ら「格の低い」労働ではない。 2000年に労働時間の変更を労働者に権利として 認める「労働時間変更法」が施行されたこともあり、 パートタイム労働はむしろ労働者が自発的に選ぶ労 働形態となっている。
このように、非正規労働者に「正規化」の網をか け、「正規労働者」の枠を拡大していくことが、格差 を防止するとともに、幅の広い労働者の連帯を可能 とし、労組をその正当な代表者として交渉に送らせ ることを可能にしたともいえるだろう。
3.「排除」の契機
しかしオランダの労組が多くの労働者に「正規 化」の網をかけ、「仲間」の輪を広げる努力を重ねて きたといっても、そこには様々な限界もあった。その最 たる例が移民である。オランダでは、戦後の労働力 不足を補うためにトルコやモロッコなどから多数の若 年労働者を迎え入れ、その移民の流れは石油危機 後、労働力の積極的な受け入れを政府が中止した 後も継続した。現在に至るも、これら第三世界からの 移民は失業率が高く、近年は移民がオランダ社会に 「統合」されていないとして、反移民を掲げるポピュリ スト政党の非難の対象となっている。特に最近のポ ピュリスト政党は、移民の多くがイスラム教徒であるこ とを取り上げ、「イスラムは西欧デモクラシーと相いれ ない」としてその排除を図る傾向が強い。
オランダの労組は、公式には反差別を明確に掲 げ、移民を積極的に支援する方針を示している。し かしその理念が、現実と大きくずれていることも指摘 される。上部団体の移民に関する高邁な姿勢は、個 別労組にはほとんど浸透せず、また現場レベルで は、移民労働者の組合員と白人の組合員との間に 断絶がある場合も多いといわれている。オランダは伝 統的にマイノリティに対する「寛容」な国であるといわ れ、実際、ユダヤ人をはじめとする迫害された少数 民族・宗派にとって安住の地となっており、今に至る も露骨な人種差別はほとんどみられない。
しかしこのことは、マイノリティが多数派オランダ人 に分け隔てなく受け入れられ、対等に交わっている ことを意味するものではない。たとえば都市部では、 多くの場合、(選択は基本的に親にゆだねられてい るため)小中学校は実際には移民が多く集まる学校 と、白人が圧倒的な学校とに分かれてしまい、それ ぞれ「ブラックスクール」「ホワイトスクール」と人々は 呼んでいる。青少年のサッカーチームに至るまで、こう した隔絶は目に見える形で存在している。「自由な選 択」をした結果が、隔絶なのである。その意味では、 任意団体である労組も、そういった隔絶とは無縁で はいられない。近年のオランダ、そして西欧諸国全体 において、移民に対する政策的「排除」が進行してい るが、その「排除」を支える下地が、すでに市民社会の 側に形成されていると言ったら、言いすぎであろうか。
4.新たな刷新に向けて
さて直近の動きとして、社民系労組(FNV)にお ける「刷新」の動きがあげられる。社民系労組では、 ナショナルセンターの名称を変更するとともに、2013 年からナショナルセンターの議長の選出に際して、全 組合員の直接投票で選ぶ大がかりな選挙を行うこ ととなった。また、一般の組合員によって選出された 108名の議員からなる「組合員議会」を創設し、組 合の方針などを広く討議する場をおくこととした。 「組合員に身近な組合」をめざして進められたこの 改革は、ある意味では、政治エリートを批判して「市 民の意思」を突きつけるポピュリスト政党が席巻する 現代にあって、一般の組合員をひきつけうる組合の あり方を模索した結果である、と言えるかもしれない。
このようにオランダの労組は、時代の流れにある 程度機敏に対応しつつ、場合によっては自らの枠を 超える改革を進めてきた。労組が主催する集会やデ モに、組合と無関係の一般人が参加することも多い のは、労組が「働く者一般」のために活動する公共 的な存在である、という意識があることによる。格差 の拡大を防止し、労働者に広くワーク・ライフ・バラン スを保障していく改革の主体として、労組が果たして きた役割は大きい。
ひるがえって、日本の労組に、時代が要請するこ のような改革を主体的に進めていこうという覚悟は、 果たしてあるであろうか。日本では今も、一方では非 正規社員が一方的に増大して格差の拡大が続き、 他方では正社員労働者もワーク・ライフ・バランスの 欠いた働き方を強いられている。この二つの大きな 問題に正面から取り組み、人間らしい生活のできる 働き方のために先頭に立つのでなければ、じり貧と いわれる日本の労働運動の再生は難しいのではな いかと思うが、どうであろうか。
参考文献:水島治郎「反転する福祉国家−オランダモデルの光と影」(岩波書店、2012年)