名古屋市立大学大学院経済学研究科教授 松村文人
全国中央交渉の促進
フランスでは昨年5月に社会党オランドが大統領に当選し、総選挙でも社会党が勝利したため、大統領も内閣も左翼である政権が19年ぶりに成立した。新政権の下で、昨年の夏以降、政府が主導し労使全国中央組織が当事者となる社会労働政策に関する複数の交渉が進められている。政府はこの全国交渉における合意に基づいて、雇用促進を目的とする「将来雇用法」や「世代契約法」、雇用のフレクシキュリテ(柔軟性と安定の両立)を狙いとする「雇用安定化法」をすでに制定している。
本稿では、まずフランスの労働組合・労使関係の特徴やここ10数年の動向にふれ、次に2012年以降の労使全国交渉や新たな立法について述べたいと考える。
低組織率と複数分立
まずフランスの労働組合の特徴であるが、組織率は低い。国立統計経済研究所(INS E E)によれば、2010年の組織率は7%であり、先進国で最低の水準である。組合員数はアンドルファットらの推定によれば2007年で180万人である。組合員が少ない上に、組織分裂によって多くの組合に分かれているため、組合規模は小さい。例えば、最大労組のC G T (労働総同盟)でも組合員は52万人であり、企業レベルの単位組合当たりの平均組合員数は40名程度にすぎない。
1960年代以降、主な労働組合は、このC G Tと、 C F D T(フランス民主労働同盟、45万)、C G T - F O (労働総同盟労働者の力、31万)、C F T C(フランスキリスト教労働者同盟、11万)、CFE-CGC(管理職総同盟、8万)、以上の5組織であった(カッコ内はアンドルファットらの推定による2007年の組合員数)。しかし、1990年代になると組織分裂がいっそう進み、新たにU N S A(独立組合全国連合、14万)、S U D (連帯統一民主労働組合、8万)、F S U(統一組合労連〔教員〕、12万)の3組合が登場したため、現在は合わせて8組合の体制といわれる(松村2010)。なおSUDは現在Solidaires(連帯組合連盟)という名称に替わっている。
低組織率で組合組織が小さいのは、組合が「組合員の組織」ではなく、「役員(リーダー)の組織」であることを意味している(松村2000)。2番目に大きいCF D Tでは、組合員の3分の2が旧・現含めた組合代表、従業員代表のような役員(リーダー)であり、一般組合員はわずか3分の1である。最も歴史の古いC G Tの組合員は、第一次大戦後(1920年)、人民戦線期(1936年)、第二次大戦後(1945 ~ 47 年)などの労働運動高揚期に急増し、例えば1945 年には540万人にまで達した。しかし、高揚期が過ぎると急減していったため、組織率は高揚期を除けば低かったといってよい。伝統的な低織率は、活動家による大衆の動員という動員主義的な伝統の影響にもよるが、組合への加入・脱退が個人の自由に完 − 29 − 全に委ねられている組合運動のあり方に関係していると考えられる。フランスではユニオン・ショップのような加入の強制は違法であり、組合費のチェックオフ(天引き)も禁止されている。
労働者への影響力
しかし、低組織率とはいえ、組合が労働者(非組合員)に対して少なからぬ影響力をもつことも確かである。フランスでは組合の呼びかけにより組合員数を上回る200万人規模の全国統一行動が繰り返し展開されることも珍しくない。比較的最近では、若者向け雇用契約(C P E)の法案撤回を求めた2006年の全国統一行動、年金支給開始年齢引き上げに反対した2010年の全国統一行動が記憶に新しい。企業内においても、4年ごとに職場で実施される従業員代表選挙において選出される代表の多くは、組合からの立候補者である。
また、組合組織、組合代表は中小企業にもよく浸透している。組合代表が存在する事業所の比率を組合の「存在率」と呼ぶが、2011年、従業員20人以上の事業所における組合代表の存在率は35%であった。つまり、3分の1以上の事業所に組合代表が存在するということであり、各事業所の組合員数は少ないが、多くの事業所に組合が存在していることを意味する。組合代表の存在率は近年上昇傾向にある。
アモセら(2008)は、「脱工業化」や「企業組織再編」のような組合にとって不利な状況の進行にもかかわらず、組合代表が増えている理由として、従業員代表の設置義務の影響を指摘している。フランスでは従業員11人以上の事業所に従業員代表制の設置が、50人以上の事業所には企業委員会の設置が義務付けられている。この代表設置義務が、新たに生まれた企業や再編の対象とされた企業の内部へ組合が浸透するのを容易にしていると考えられる。また、1980年代以降、政府によって企業交渉の義務付け(1982年オールー法)や企業交渉への誘導(1998年・2000年オーブリ法)が図られ企業協定の締結が増えたが、このような労使関係政策が企業交渉当事者としての組合代表の必要性を高めたことも指摘されている。
労使交渉に基づく社会労働改革
2000年代のシラク、サルコジ2期にわたる保守政権期には、団体交渉に関わる二つの問題の検討が続けられ解決が図られた。一つは「労使関係の現代化」と呼ばれた問題であり、もう一つは「協約の有効性」「組合の代表性」の問題である。最初の「労使関係の現代化」とは、具体的には政府が社会労働改革を行う際には、労使交渉の結果に基づいて法制化を図るように政策決定のあり方を改革することを指しており、二つ目の「協約の有効性」「組合の代表性」の問題とは、1960年代以降、交渉権を5労組にほぼ無条件に認めてきた政策を見直し、締結される協約の有効性(正当性)を保障する明確な基準を検討することである。
まず、労使関係の現代化であるが、2002年5月に 2期目を迎えたシラク大統領は、労使を巻き込んで「労使対話の現代化」に向けた検討を開始し、 2004年5月4日の「生涯職業訓練と社会対話に関する法」により、社会労働関連法の改革は労使交渉の前には着手しないことを決めた。「社会対話」とは、ここでは労使全国中央組織が交渉主体となり、産業を超えて適用される「職業間全国協約」の交渉を主な対象としている。
シラク大統領が「労使対話の現代化」の方針を「社会経済審議会」に提案したのは、すでにふれた若年雇用契約制度(CPE)に対する全国抗議行動が起こり、制度が撤回されて半年が経った2006年 10月のことである。経済社会審議会は、経営者団体、労働組合などの職業代表から構成される諮問機関である。大統領は提案の中で、政労使3者による「新たなる責任の構造物」を求め、政府は「政策の目的を明確にし」、労働組合は「かつての異議申し立ての伝統から自由になり」、企業は自己の利害という「偏狭すぎる見方」を捨て、全体として「契約を増やし法律を減らす」ことが必要であると述べた。大統領提案は、直接には3カ月に及ぶ社会危機を招いたC P E問題がきっかけであったが、提案の骨子そのものは、すでに前年の2005年末、首相宛に提出さ − 30 − れた労使対話に関する報告書に示されていた。
そして、2007年1月31日の「労使対話の現代化に関する法」は、社会労働改革の際の、政府と労使の事前の「協議」を義務付けた。これにより、代表性を持つ労使全国中央組織が交渉を行い、そこでの合意(協約)を政府がほぼそのままの形で法制化するという仕組みが本格的に始動することとなった。