協約の有効性と組合の代表性
もう一つの協約の有効性(正当性)と組合の代表性の問題は、この国の労使関係の特殊性に基づいている。戦後政府は1966年3月31日の政令により、主要5組合に全国的な「代表性」を認め、所属するすべての組合に団体交渉権を付与した。フランスの団体交渉は、政府により「労使合同委員会」に招集された経営者団体と代表性を持つ複数の組合が、同一テーブルにおいて、産業に適用される一種の「法」としての協約を交渉するという仕組みを基本としてきた。しかし、最大労組のC G Tは、交渉の枠組みに統合されることに否定的で、交渉の席を立ったり、協約へのサインを拒否したりする傾向が強かった。妥協を嫌うこのような傾向は「異議申し立て型」と呼ばれてきたが、現在でも産業間・産業別全国協約の締結率は、C G T以外の組合は7 ~ 8割であるのに対しC G Tは3割である。そのため、もともと交渉に否定的な経営者は、最大労組C G Tのような組合が交渉から離脱したり、合意を拒否したりしたのち、経営に協力的な少数派の組合のみと協約を締結することも多かった。締結しない組合がC G T以外の場合もあったが、このような協約は「少数派協約」「分断協約」と呼ばれてきた。しかし、1組合のみの締結協約であっても、政府は産業全体への協約の拡張適用を決めるのがふつうであった。
協約の有効性(正当性)がいっそう問われるようになったのは、組織率の低下に加えて、1990年代に労働組合が増え、公務公共部門のように、主要5組合より組合員も多く従業員支持率も高い組合が出てきたことによる。新組合から代表性(交渉権)を求める声も強まり、裁判で特定領域での代表性が認められるケースも出てきた。また2000年前後より企業別交渉が急増したことも有効性の論議を加速させた。
有効性・代表性の問題の最終的な決着は、 2008年8月20日の「労使民主主義の刷新と労働時間の改革に関する法」の制定によってなされた。代表性の交渉は、政府の圧力の下で促進され、労使が合意した協約が法案化された。なお協約にサインしたのは最大のCGTと2番目のCFDTの2組合のみであった。
同法は第一に、代表性について、これまでの代表性付与の5基準に替えて、「共和制の価値の尊重」「独立性」「財政の透明性」「組合創立後2年間の歴史」「選挙での支持(率)」「活動・経験による影響力」「組合員と組合費」の7基準を定め、この中で従業員代表選挙における得票率を事実上最も重要な基準とした。産業間全国レベル、産業部門レベルでの代表性(交渉権)は、従業員選挙における8%の得票率が付与の基準となり、企業レベルでは10%の得票率が基準となった。第二に、協約の有効性についても従業員選挙結果を基準とし、10%の支持を得ている組合が締結し、同時に50%の支持を得ている組合が反対していないことを有効性の条件とした。
社会党政権は、今年3月末、2009年以降実施された従業員代表選挙の結果を総合して、今後4年間全国レベルの代表性を持つ組合を決定した。8%を超えて代表性を認められたのは、これまで同様、 C G T(26.77%)、C F D T(26.00%)、C G T - F O ( 1 5 . 9 4%)、C F E - C G C( 9 . 4 3%)、C F T C (9.30%)の5組合であり、UNSA、Solidairesは8%に達しなかった。
職業間全国交渉と雇用安定化法
労働省によれば、フランス団体交渉の2012年の結果は表のようである。協約は、産業(業種)を超えて交渉・締結される「職業間協約」と産業ごとに交渉・締結される「部門協約」に分けられる。前者は全国協約であり、後者は全国・地域・県地区の協約となる。これらの協約の締結数の動向に大きな変化はない。大きな変化が見られたのは企業協定である。企業協定数は、週35時間交渉が開始された 2000年前後より急増して数千件から3万件に伸び、 − 31 − それ以降変動はあるものの、3万件の水準にある。この増加は政府の企業交渉誘導策の影響によるものである。これを交渉の「分権化」とみる意見もあるが、筆者はそのようには考えていない。産業別協約はこれまでと同様に締結され、政府により産業全体に拡張適用されており、産業別協約の適用率も低下しているわけではないからである。フランスではドイツで進んでいるような産業別協約機能の低下は見られない。
ここでは団体交渉の中で重要性を増している職業間全国交渉にふれておく。新政府は昨年7月 9-10日、日本の経団連に当たるM e d e f(フランス企業運動)など経営者3団体、労働組合5組織の各代表を招集する「労使大会議」を開催し、「フランス型労使対話」と称して、2010年の年金大争議以来低迷している労使全国交渉の促進を図った。交渉項目は、「雇用促進とくに若者の雇用」「能力開発と生涯職業訓練」など6つで多岐にわたっていたが、なかでも雇用問題は新政府の最重要政策であり交渉が優先された。全国交渉を経て制定された法律は、若者の雇用促進を狙いとする「将来雇用法」(2012年10月26日制定)、若者の新規採用と中高年雇用の維持の両立を目指す「世代契約法」(2013年3月1日制定)、そして雇用の柔軟性と安全の両立(フレクシキュリテ)を目指す「雇用安定化法」(2013年6月14日制定)である。組合の対応が分かれ政治的な争点ともなったのは、雇用安定化法である。
雇用安定化に関する交渉は昨年10月より開始され、年明けの今年1月11日、経営側とCFDT、 CFTC、CFE-CGC 3組合のみとの間で全国協約が締結された。政府はこの協約をほぼそのまま法文化し、3月末に議会に上程したのである。これに対し CGT、CGT-FOの2組合は協約案に強く反対して1 月11日のサインを拒否し、その後も異議を申し立てた。
協約案・法案はフレクシキュリテの「安全」の側面について、「雇用の不安定化」を防ぎ労働者の権利を強化する狙いから、有期雇用に関する経営者の失業保険負担率を引き上げるなどいくつかの注目すべき項目を設けたが、対立点は「柔軟性」の側面の方であり、経済解雇の抑制を求めるC G Tと解雇規制の緩和を求める経営者が対立した。CGTが反対した協約・法案の「柔軟性」の内容は、(1)企業内の配転・異動を促進する規定について、従業員がそれを拒否した場合、個別的解雇ができる、(2)「景気変動による重大な困難の場合」、雇用維持を条件に、給与引き下げ、労働時間延長を最大2年間行えることとし、従業員がそれを拒否した場合、個別的解雇ができるというもの。どちらも経営側が解雇を行いやすくするものであり、C F D Tなど3組合はこれに同意したが、C G Tなど2組合は、ルモンド紙の言葉を借りれば「得るものより失うものが多い」としてこれに同意しなかった。
立法の基礎となった協約が、最大組合を含まない分断協約であったことは、協約の正当性を疑わせかねないものである。この立法の今後の機能の行方が気掛かりである。
〔参考文献〕
松村文人(2010)「フランス労働運動の現状―増え 続ける組合代表」『世界の労働』2010年7月
松村文人(2000)『現代フランスの労使関係―賃 金・雇用と企業交渉』ミネルヴァ書房
AMOSSE Thomas, BLOCK-LONDON Catherine, WOLFF Loup (sous la direction de) (2008), Les relations sociales en entreprise:
Un portrait à partir des enquêtes; Relations pro f essionnelles et négociations d’entreprise
(REPONSE 1992-1993, 1998-1999 et 2004-2005), La Découverte.
ANDOLFATTO Dominique& LABBE Dominique (2007). 組合員の推定、Liaisons sociales quotidien-10/09/2007.