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巻頭言 史上最高値の株高と国民生活とのギャップ

(公社)国際経済労働研究所 会長 古賀 伸明

去る2月22日の東京株式市場で、日経平均株価は1989年末の最高値(3万8915円)を約34年ぶりに更新し、終値は前日比836円52銭高い3万9098円68銭となった。上げ幅は一時900円に迫った。3月には初めて4万円を超えるなど、金融界は活況に満ちている。


私が30歳代後半に経験したバブル期は、不動産の売買で膨らんだ巨額のマネーが株式市場に流れ込み、企業や富裕層による投機的な取引が過熱した。当時、好景気にわき、株価や土地の価格が下がることは想像もしなかったことを思い出す。しかし、89年末にピークを迎えた株価バブルは90年に崩壊過程に入り、91年には地価も下がり始めた。バブル景気はこの年に終わり、後に「失われた30年」と呼ばれる長い低迷期に突入した。2009年3月にはリーマン・ショックに伴う世界的な金融危機も重なり、株価は7000円割れ目前まで落ち込んだ。


それにしても、今何故このような株高が続いているのか。確かに上場企業の利益は低金利と円安を背景に、過去最高水準が続いている。資源高により物価も上昇し、本格的なデフレ脱却による日本経済復活への期待も高まる。米国の株高の影響や、中国経済が不動産不況や米中対立で不透明感を増す中、相対的に日本株が注目された一面もある。


しかし、日経平均が最高値を更新したとはいえ、国内景気の現状は深刻だ。内閣府が公表した23年10月~12月の国内総生産(GDP)は、2四半期連続のマイナス成長となり、景気の停滞感が強まっている。GDPは23年通算でのドル換算で、ドイツに抜かれて世界4位に転落した。潜在成長率はバブル期と比べて低迷が続いていて、株価は日本経済の実力を反映したものではない。


米国の優良株で構成するダウ工業株30種平均が、同じ期間に14倍に成長したのとは大きな違いがある。最高値とはいえ、日本の株価は約34年前に戻ったに過ぎない。


また、昨年、東京証券取引所が「株価を意識した経営」を要請したのをきっかけに、株主還元の動きが強まったことも株高の要因と指摘される。しかし、株主だけを重視する姿勢が株価を支えているのであれば、従業員や取引先など他のステークホルダーとの均衡を欠いている。


この株価史上最高値は一部の株式投資家や企業にとっては喜ばしいのかもしれないが、普通の国民にとっての実感は極めて乏しい。何よりも月例賃金は物価上昇に追いつかず、23年の実質賃金は前年比マイナス2.5%で2年連続して減少し、1月で22ヵ月連続してマイナスを記録した。そのことから、GDP統計では内需の伸びが3四半期連続前期比マイナスとなるなど、国民生活はマクロの平均数値の上でも決して良くなっていない。政府が発表した2月の月例経済報告書は景気判断を3カ月ぶりに修正し、日本経済の5割以上を占める個人消費について「持ち直しに足踏みがみられる」と指摘した。


国民の生活は改善せず、株高だけが際立ついびつな構造が続いている。物価高に伴う個人消費の低迷といった懸念は足元の株高でも変わっておらず、好調な株式市場と国民の生活実態との乖離が広がっているのだ。


日銀の昨年12月の「生活意識に関するアンケート調査」結果でも、この1年で家計の実態が「良くなった」は9.3%で3カ月前の12.5%から低下、「悪くなった」と感じる人は3カ月前の55.0%から58.9%に増加している。


市場に流入した膨大な資金を、物価高騰に苦しむ国民の暮らしの向上にどう反映させるかが産業界や政府の役割であり、小手先の経済刺激策を繰り返しても、国民の将来不安の解消にはならない。格差の是正に本格的に取り組み、国民生活の改善を図ることが急務だ。


企業は設備投資や従業員の賃上げを通じて企業価値を高める取り組みを一段と進め、民間主導の経済の実現により経済の底上げを図り、国民の生活向上につなげる努力が求められる。


国民が豊かさを実感できないような株高は、決して持続可能ではない。

2024.4

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