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巻頭言 宇都宮市の「ライトライン」

(公社)国際経済労働研究所 会長 古賀 伸明

栃木県宇都宮市で2023年8月26日に次世代型路面電車(LRT)が開業して、1年が経過する。宇都宮市と芳賀町を結ぶ14.6キロの路線で、国内で新たな路面電車が開業したのは75年ぶり。全線新設のLRTは全国初だ。LRTはライトレールトランジットの略で、軌道を走る次世代の交通システムとされている。


慢性的な交通渋滞解消と旧市街地の活性化を目的に、宇都宮市で路面電車の新設構想が持ち上がったのは1993年、約30年前だった。しかし、多額の費用がかかるうえ、市中心部はバス路線が張り巡らされていて反対論も強く、事業への賛否は市を2分する論争に発展した結果、工事開始まで20年以上を要したという。


当初の開業予定は20年3月だったが、用地買収や工事の遅れ、試験運転中の脱線事故などから延期を重ねた。事業費は684億円で、市と町が施設を整備し第三セクターが営業主体となる「上下分離方式」で運行、事業費の半分に国の補助金があてられている。構想が進むにつれ、人口減少や高齢化対策の役割も期待された。


開業の約1年前、講演のため訪問した現地で、関係者の方から概況の報告と開業への意気込みをお聞きしていたこともあり、地域交通への関心から昨年10月末に改めて訪問した。


JR宇都宮駅の東西自由道路を東へ進み、下りエスカレーターかエレベーターでライトライン始発の宇都宮駅東口停留所へ。宇都宮市は雷が多く雷都と呼ばれることにちなみ、「ライトライン」という愛称がつけられていた。流線型の黒いボディに稲妻をイメージした黄色の線が走るデザインだ。


早速そのLRTに乗り込む。車両は交通系ICカードが利用しやすいように設計され、超低床式で子どもや高齢者、車いすでも乗り降りがしやすく、車内は振動や騒音も抑えられていて静かで快適だった。運行に関わる電力は再生可能エネルギーで賄い、二酸化炭素は出さない。走行する車両は、1台が3両編成で長さは30メートルほど。原則として車掌は乗車しないワンマン運転だ。車内ではフリーWi-Fiサービスで、スマートフォンとの接続もスムーズだった。


全線約50分弱を乗車したが、複線で停留所は計19カ所設けられていた。沿線には高校や大学、大企業の工場や研究開発拠点、またサッカーJ2の栃木SCが本拠地とする栃木県グリーンスタジアムなど、鉄道のもつ大量輸送を活かせる施設が多数ある。新路線を中心に地域拠点を公共交通網で結び、車依存社会からの転換を掲げ、開業に合わせ沿線と周辺を結ぶバスなどの運行も始まっていた。通勤客の利用が採算確保の大きな要素となり、ラッシュ時の車の渋滞緩和も期待される。1年経過後の収益も順調のようだ。市は30年代前半までに、駅西口から市中心部を通る約5キロの延長を計画しているという。


宇都宮市が描くのはLRTを軸に住宅地や産業拠点を集約する「ネットワーク型コンパクトシティ」だ。街の東西を走るLRTを背骨に地域交通網を結びつけ、効率的で持続可能な中核都市を目指す。LRTを2006年に開業した富山市も、成果をあげているといわれる。


人口減少や高齢化、そして中心市街の空洞化といった宇都宮市が直面する課題は、全国の多くの地方都市も抱える課題だ。このまま高齢化が進むと車の運転が難しくなり、外出できなくなる人が増加し、子どもや高齢者といった交通弱者を生む。地方では交通機能の維持が切実な問題であり、地域の足の再構築は喫緊の課題だ。


LRTを軸に持続可能な街づくりを推進する宇都宮市の取り組みの成否は、日本の地方都市にとって大きな試金石になるととともに、これからの地方公共交通のモデルともなり得る。


一方、国内で検討中の各地で大きな課題となっているのは「採算性」だ。しかし、公共交通は地域の社会基盤だ。事業単体だけでは測れない、街づくりや地域の活性化、環境負荷の低減など社会全体としての収支を考えるべきだ。過去の社会モデルから変わらない制度・仕組みを抜本的に改めることが求められている。

2024.8

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