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巻頭言 年金財政検証とその課題

(公社)国際経済労働研究所 会長 古賀 伸明

5年に1度、年金財政の持続性を点検する2024年財政検証の結果を、厚生労働省は去る7月初旬に公表した。この検証は「年金の定期健康診断」といわれ、人口推計や経済情勢の変化を踏まえて、将来にわたって年金制度を安定的に運営するには、どのような改革が必要になるかを見極める素材となる。公的年金はモデル世帯に対して、現役男性の手取り平均収入の5割以上の給付額(所得代替率50%)の保障を国民に約束している。


具体的には、複数のケースを想定して給付水準が試算された。政府が目標にする「成長型経済移行・継続ケース」では、所得代替率は57.6%、成長率や労働参加が伸び悩む「過去30年投影ケース」では、50.4%となり、いずれも前回の検証の類似ケースより減少幅が小さくなり見通しが改善した。その要因は働く高齢者や女性、在日外国人が増え保険料収入が増加、積立金の運用も前回想定より株高が進み好調だったためだ。


しかし、女性や高齢者の就労は既にかなり進んでおり、労働参加の頭打ちは近いとする識者もいる。積立金の運用も現金は1割程度、その他は株の含み資産であり、経済情勢や株価に大きく左右される。何よりも5年前より出生率の見通しは悪化し、想定の1.36 は現在の1.22と比較し楽観的である。しかも、検証が仮定したのは、外国人への依存が大きい。2070年には人口の約1 割を外国人が占める社会だ。現在は入国超過が続いているが、想定通りになるかどうか不確実な部分も多い。この数年間の外国人流入の傾向だけで、将来の生産年齢人口が大幅に増え、出生率も高まるというのは楽観的すぎる。


このように、今回の財政検証の基礎となる23年将来人口推計人口も極めて楽観的なシナリオとなっている。この種の検証は、より厳しい前提でのシミュレーションを行い、その状況を国民と共有し、所得代替率の50%を守るための施策を検討すべきだと考える。少子高齢化で年金を受給する高齢者が増え、保険料を納める現役世代は減少していくことは間違いない。経済や社会の構造の変化を踏まえ、不断の改革を続けていかなければならない。


上述した楽観的ともいえる前提の中でも、基礎年金の給付水準は「過去30年投影ケース」で、2024年度の36.2%から2057年度には25.5%まで低下する見通しであり、高齢者の医療、介護費用の負担能力を引き下げるとともに、貧困高齢者や生活保護受給者の急増にもつながる。公的年金制度が持つ所得再分配機能や防貧機能を弱めるため、国民年金と厚生年金の位置づけも含め早急な対策が望まれる。


また、多様な働き方に制度が追いついておらず、働き方などに中立的な制度の確立が急がれる。今年10月からは従業員50人超まで短時間勤務者の厚生年金の適用が広がるが、勤め先の規模や働き方によって差が生じるのは不公平であり、更なる拡大が急務だ。複数の事業所の合算で要件を満たす場合の適用や、在職老齢年金の見直しも早急に検討すべきだ。第3号被保険者は廃止し、所得比例と最低保障の機能を組み合わせた新しい年金制度への転換も重要な課題だ。 同時に、高額所得者や資産保持者への対応の踏み込みも求められる。


年金制度への信頼を高めるには、負担と給付をめぐる議論は避けられず、年金の現状と見通しを国民に丁寧に伝え、理解を得る努力を怠ってはならない。年金財政の安定性をチェックするための独立した第三者機関の設置や、日本人の寿命が伸びる中、65歳以上への支給開始年齢の引き上げも改革の対象となる。


年金は老後の生活の中核であることは間違いないが、基礎年金の半分は国庫負担であり税制との一体的議論が必要である。また、少子化対策、健康保険制度、住宅政策、資産形成、ジェンダーなど広範囲な制度との関係で、高齢者福祉をトータルに設計する必要がある。これらの課題は、5年に1度の財政検証の範囲を超えており、新たな横断的な枠組みでの議論が求められる。

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