雑談の中で、ある鉄鋼業界の組合の役員の男性から「村野さんは出世したいですか?」と尋ねられた。労働組合でも会社でも“女性活躍推進”が求められるが、当の女性はどうしたいのか、女性のほうは別に出世を望んでいないのではないか?という質問である。相手と自分の見ている世界に大きなギャップがあるように感じて、恥ずかしながらその時はうまく答えることができなかった。
前職の通信関連の中小企業で働いていたころ、副課長に昇進したばかりで2児の母でもある先輩が稟議書を作成していたことがあった。何の稟議ですかと尋ねると、現状、時短勤務を行う場合は基本給だけでなく役職手当も時短分減額されてしまうのだけど時短勤務だからといって役職者としての仕事が減るわけではない。だから実態に合わせて役職手当を減額の対象から外してもらうのだ、時短勤務の給料は目も当てられないほど低いから、と教えてくれた。その時は、普段は自己主張の強いタイプではない先輩が自分の給与のためにわざわざ稟議まであげることを少し意外に感じたのを覚えている。当該の稟議が先輩自身のために提出されたものではなく後に続く時短勤務者のためだけのものであったことは、間を置かず先輩の退職予定を聞くことになってからわかったことだった。先輩は少なくとも平日に関しては家事と育児をすべて担っており、退職理由は育児とマネジメント業務の両立の困難だった。そもそもの家事育児の負担割合や、時短勤務の勤務条件の低さや看護休暇等の整備不足など何層もの問題がそこにはある。
それから数年が経ち、当時3%台だった男性育休取得率が13.97%(2021年度、雇用均等基本調査)と増加するなど、男性の家庭進出がいくらかは進んだ社会で、私自身は「出世したい」と思うが、いまだにそう思えない環境に身を置く女性も業種や地域によって少なくないだろう。
個人の働き方の選択は尊重されるべきであるが、その選択の前提となる就業を取り巻く環境には依然として大きな男女差がある。女性が、男性が思うのと同程度に「出世したい」と思えないことそのものが構造的な課題だ。この状況下においては「(今の環境で)出世したいですか?」に代えて「どういう環境があれば出世したいと思えますか?」と尋ねて議論を深められないだろうか。個人的な思いではあるが、次の機会にはきちんと伝えたいと思う。
オルグ 村野 なつみ