Contents
2022年参議院選挙からみる日本政治の風景
新川 敏光(法政大学法学部 教授)
労働政治の観点から考える、労働運動のこれから
―― 連合、産別、企業別組合の分業と機能の発揮へ
篠田 徹(早稲田大学社会科学総合学術院 教授)
野党の乱立、メディア環境とニッチ政党
稲増 一憲(関西学院大学社会学部 教授)
2022年参議院議員選挙全国比例区における 候補者のソーシャルメディア利用(1)
――ソーシャルメディアの利用パターンに注目して
山本 耕平(国際経済労働研究所 研究員)
本特集は、2022年7月に行われた第26回参議院議員選挙について、当研究所主催の研究プロジェクト「ポスト動員時代の政治活動研究会」メンバーの研究者の方々にそれぞれの関心から自由にご執筆いただいた。執筆者は、新川敏光氏(法政大学教授・京都大学名誉教授、国際経済労働研究所 理事)、篠田徹氏(早稲田大学教授)、稲増一憲氏(関西学院大学教授)、山本耕平氏(国際経済労働研究所 研究員)の4名である。
以下は、各論文を編集部が要約・紹介したものである。それぞれ、参院選の総括にとどまらず、今後の選挙や政治、労働運動を考えるうえで示唆に富む内容となっている。ぜひ全文をお読みいただきたい。
〇「2022 年参議院選挙からみる日本政治の風景」(新川 敏光氏)
議会制民主主義において有権者が議員に意思決定を委託するのは、議員のほうが一般の有権者よりも専門性や判断力に長けていると信じるからである。しかし、そうであるからといって議員に立候補する資格に制約をかけるならば、それは誰もが統治者になりうるという大衆デモクラシーの原則に反する。これは大衆デモクラシーが抱えるジレンマであるが、新川氏によれば、これまでは政党が適格な代表者(政治的エリート)を選別することによって、このジレンマは回避されてきた。
この議論を日本の政治にあてはめると、55年体制では、自民党一党体制であるものの党内に多元的な複数の派閥が存在し、それぞれが候補者をリクルートし選挙を取り仕切っていた。しかし、1993年の政治改革以降、中選挙区制が廃止されて党の公認候補以外を派閥が支援することは困難になり、党の中央集権化が促進された。さらに、政党の離合集散の歴史を積み重ねてきた結果、有権者は自民党の一党優位体制の支持へと回帰し、「国民の政治意識を高め、有能な候補者をリクルートする」という、政党が本来備えていた機能は失われてしまったと考えられる。
55年体制においては、派閥間の権力バランスの変化は疑似的な政権交代とみなすことができたが、いまの政治体制はそれすらなく、自民党一党優位体制と権力集中が進んでいる。このような歴史と現状を踏まえ、論文の最後では、日本政治に多元性を回復させる道筋が検討されている。また、代表者である議員の質は有権者の質によって決まることから、有権者が自分たちの未来を選んでいるということを学習し意識することの重要性と、投票がデモクラシーの質を決定する行為であることから、それを維持するために考えられる方策など、投票のあり方にも言及している。
〇「労働政治の観点から考える、労働運動のこれから」(篠田 徹氏)
この論文では、昨夏の参院選において明らかとなった、労働組合の総体的な問題状況を指摘し、そこから抜け出すための方向性を提示している。労働政治的な総括として、篠田氏は「労組の主体性の喪失」――すなわち、政党政治のしがらみの中でこの国の働く人々が直面する課題を見失っていたことを指摘する。このことは、2023春闘方針において国民の権利であるストライキを含めた実力行使の構えが不明である点や、来春の統一地方選において候補者の人物本位といったあいまいな支持基準のみとして選挙の争点や政策の中身を問わないことからも明らかであるとしている。
この論文の中で、篠田氏は、日本の労働の労働組合は、組織を守る運動ではなく、「個人を守る」運動へとシフトすることを提言している。これまでうまくいっていたかにみえていた日本の経済や企業、雇用、働き方などのさまざまな仕組みが大きな転換を迫られ、最近ではダイバーシティ、インクルージョン、メンバーシップ型からジョブ型へ、などの施策が注目されるようになっている。この論文で例として挙がっている北欧では、大きく社会が変わろうとするとき、労働運動がその中心にあった。日本でも社会が大きく変化する中で、労働運動が役割を果たしていくためにも、篠田氏は労働組合組織の分業の問題を挙げている。具体的には、企業別労働組合は職場の人権を徹底的に守り、産業別連合体は積極的な労働移動の受け皿となり、連合はポジティブな労働移動を安心しておこなえるための社会的なセーフティネットづくりに専念するというように、各組織がそれぞれの役割を果たしていくということである。同時に、労働組合組織が関与する運動空間の広さにも言及し、それぞれの運動体が取り組むべき課題についても提言している。
〇「野党の乱立、メディア環境とニッチ政党」(稲増 一憲氏)
今回の参院選で、ニッチな政策を掲げるミニ政党や候補者が議席を獲得したことは、大きな衝撃をもって受け止められた。このような結果を受け、投票の前に「有権者が政治についてもっと調べ考えること」を求める声も多くみられたが、稲増氏は、単純にこれを「良い選挙結果」を得るための対応策とすることには反対であるとし、政治学の理論を交えて論じている。まず、野党が乱立する中で、投票先を決定する難しさを指摘する。各党が掲げる政策をきちんと理解した上で自身の意見にもっとも近い政党を選択するのは、有権者にとって簡単なことではない。とくに今回の参院選では、与党の業績評価に基づき野党への投票を決めた有権者も一定数存在したと考えられるが、どの野党に投票するかという意思決定が極めて困難であった。このような状況で、自身の意見に沿う政党や候補者が登場すれば、有権者がそのニッチな政策1点に基づいて、それを掲げるミニ政党への投票を選択するとしても不思議ではないとする。次に、メディア環境の観点からも検討を加えている。人が一日に注意を向けることができる情報は限られている中、有権者への支持拡大をはかるためには短い動画が求められることになり、今回の参院選では、TikTokやYouTubeの切り抜き動画がミニ政党の支持獲得に貢献した。また、小泉元首相も活用したワンフレーズポリティクスは、これまで以上に有効な手法となり得た。このような検討を踏まえ、野党が乱立しインターネット上に情報があふれる中、有権者にばかり責任を負わせ「もっと調べ考える」ことを求めるのは甘いとし、そうではなく、有権者がある程度容易に投票選択ができる構図を設定することが、政党や政治家の責任といえるのではないかと投げかけている。
〇【調査レポート】2022 年参議院議員選挙全国比例区における候補者のソーシャルメディア利用(1)(山本 耕平氏)
この調査レポートは、2号にわたる調査レポートの1本目である。この調査の趣旨は、今回の参院選でもソーシャルメディアを利用した選挙運動が注目されたことを受け、候補者によってソーシャルメディアがどのように利用されていたかという実態を明らかにし、ソーシャルメディア利用の効果を検証することである。今号に掲載する1 本目のレポートは、ソーシャルメディアの利用パターンを析出し、それらのパターンと得票数との関連について検討したものである。
周知のように、少なからぬ候補者が複数のソーシャルメディアを利用している。そこで今回の調査では、複数のソーシャルメディアの利用を考慮したデータ収集が行われた。具体的には、全国比例区で立候補していた候補者のTwitter、YouTube、Instagramにおける選挙運動のデータが収集された。それらのデータから、Twitterは7割以上の候補者に利用されていた一方、さらに他のソーシャルメディアを併用するかどうかにはばらつきがあったことが分かった。この結果を踏まえ、ソーシャルメディアの利用パターンごとの得票数との関連を他の条件を揃えて分析したところ、Twitterのみを利用した場合にはTwitterを利用しなかった場合と比べて得票数に差はなかったが、Twitterを利用していない候補者と複数のソーシャルメディアを併用した候補者では、後者がより多く票を得ていたことが見いだされた。この結果は、ソーシャルメディアの利用が政治活動におよぼす影響について何を示唆するのだろうか。この問いに答えるため、次号では、ソーシャルメディアを通じた有権者とのコミュニケーションに関するデータを用いた詳細な分析が展開される予定である。