「ポスト動員時代の組合政治活動」研究プロジェクト事務局
Contents
今後取り組むべき政治活動
佐藤 直周(イオンリテールワーカーズユニオン 南関東グループ 副議長)
私たち労働組合はこれからの政治活動をいかに舵取りするか
南澤 宏樹(帝人労働組合 特別参与)
活動の未来は職場に
川井田 貴志(パナソニックグループ労働組合連合会 書記次長)
「ポスト動員時代の政治活動」について
半沢 美幸(日立製作所労働組合 中央執行委員長)
ポスト動員時代の政治
新川 敏光(法政大学法学部 教授・京都大学名誉教授)
今いちど、世界からまなぶ労働運動へ
篠田 徹(早稲田大学社会科学総合学術院 社会科学部 教授)
一般有権者における労働組合への信頼の分析
稲増 一憲(東京大学大学院人文社会系研究科 准教授)
産別労組への転換に労働組合の未来はあるか ―先行する韓国にみる成果と課題―
安 周永(龍谷大学政策学部 教授)
【調査レポート】社会政策に関する推薦候補者と組合員との態度の親近性は投票を促すか?
――第55回共同調査データの分析
山本 耕平(国際経済労働研究所 労働政治研究事業部 研究員)
1. 研究プロジェクトと本特集の趣旨
本特集は、当研究所において約2年にわたって取り組んできた「ポスト動員時代の組合政治活動」研究プロジェクト(以下、本プロジェクト)の「まとめ」である。本特集そのものの説明の前に、本特集の構成にも関わるので、まずは本プロジェクトの趣旨について述べたい。
本プロジェクトがその名称に掲げている「ポスト動員時代」とは、しばしば「動員」と称される労働組合の政治活動の手法――辞書的な意味合いとしては「ある目的のために多くの人や物を集めること」だが、半沢氏の寄稿における「集団的な『強めのお願い』」という絶妙な表現のほうがよりよくニュアンスを伝えるかもしれない――が有効でなくなりつつあるのではないか、という状況認識を表現したフレーズである(政治活動をめぐる情勢の具体的な変遷については、南澤氏の寄稿を参照されたい)。実際、当研究所が国政選挙の後に実施している共同調査(組合員政治意識調査)の結果について議論してきたいくつかの場面でも、「(従来のように)声をかける/お願いするだけではいけない」という声がかねてから聞かれていた。しかし「ではどうすればいいか」となると、目指すべきところや道筋が見えているとは言いがたい――そこで、この問題意識を共有する組織が集まるかたちで研究プロジェクトを組織することにした。「ではどうすればいいか」がはっきりと見出せていないとはいっても、それぞれの組織ではさまざまに議論や取り組みが試みられてはいる。しかしそれでも、一つの組織のなかだけでは浮かび上がってこない経験や、他の組織と比較することで初めて見えてくる各組織の特長もあり得ようし、議論によって思考が促進されることもある。また、学術的な理論や、一般市民を対象とする各種調査の知見なども、労働組合の政治活動を相対化して考えてみるための一助となり得る。こうした発想から、労働組合だけでなく政治や選挙に関連した分野の研究者にも参加していただき、その上で、すべての参加者がフラットな立場から議論を交わす場とする(「研究者の教えを請う」とか、「優良な組織に秘訣を聞く」ようなかたちにしない)ことを心がけ、研究会を運営してきた。
このような基本姿勢を反映して、本特集の構成も、本プロジェクトに参加した労働組合と研究者がともに寄稿するかたちをとっている。各寄稿者には、本特集の仮タイトル(結局、そのまま正式なタイトルになった)をお伝えしたのみで、あとは本プロジェクトや政治(活動)に関わる話題であれば自由に書いていただくようにお願いした。読者の皆さんは、本特集の内容をご覧になって、研究プロジェクトの「まとめ」としての結論という印象を抱かれるかもしれないが、このようにそれぞれの立場・見地からの発言が活発に飛び交う様子こそが、「本プロジェクトがいかなるものであったか」をもっともよく表していると思う。一つの結論に至らないことの言い訳として「議論を続けることが大事だ」というレトリックを弄することは避けなければならないが、かといって自由に議論を交わせる展望がなければ私たちの思考は膠着してしまう。本特集は一つの研究プロジェクトの着地点を示すものであると同時に、読者の皆さんをさらなる議論に誘うものでもある。かつて、本誌がまだ『労働調査時報』と名乗っていた時代には、会員組織のあいだで、あるいは会員組織と当研究所の研究員とのあいだで、誌上討論が交わされていたと聞く。「まとめ」として「プロジェクトの統一見解」のようなものを無理に打ち立てるよりも、本プロジェクトの精神を記録として残すことで、そんな議論の場のアップデートに寄与したい――このような思いで本特集は組まれている。
なお本特集には、労働政治研究事業部の研究員であり、本プロジェクトの事務局の一人でもあった山本研究員による調査レポートも掲載している。川井田氏や佐藤氏の寄稿で言及されているように、本プロジェクトではところどころで当研究所の組合員政治意識調査の知見が参照された。そもそも組合員政治意識調査が発端にあったプロジェクトなので、調査のデータが参照されるのも当然と思われるかもしれないが、「これからの政治活動はいかにあるべきか」という理念が重要な位置を占める議論に調査データをうまく接合することは、実はそう簡単ではない。その意味で、本プロジェクトにおいて調査データがごく自然に参照されるようになったことは、政治活動(ひいては組合活動全般)におけるデータ活用の本格的な浸透をうかがわせる。この状況で当研究所がなすべきことの一つは、データ活用のさらなる可能性を拓いて見せることであると考え、調査レポートを掲載することにした。
2. 研究会の概要
本プロジェクトでは、1期あたり4回の研究会を2期にわたって、計8回の研究会を開催した。第I期では、参加組織からそれぞれの政治活動の現状、課題認識、その課題に向けた取り組みなどについて報告していただき、メンバー間で質疑応答・意見交換を行った。各回の報告担当組織とタイトルは次のとおりである。
1. パナソニック労働組合連合会「政治活動の日常化~PGUの取り組み~」
2. 帝人労働組合「帝人労組の政治活動について」
日立製作所労働組合「日立労組の政策制度改善活動への取組み紹介」
3. イオンリテールワーカーズユニオン「イオンリテールワーカーズユニオンの政治活動について」
4. 日本郵政グループ労働組合「直面する課題の克服に向けて――『誰一人取り残されない』職場を目指して~多様性、包摂性ある組織づくり~」
各回、報告と議論の内容は「ここだけの話」として自由に論じ合うことにしていたため(それゆえ、録音も録画も一切していない。これも「フラットな立場から議論を交わす場」を作るためであった)、詳細についてここで報告することは控えざるを得ないが、いくつかキーワード・キーフレーズを並べるならば、「政治活動の日常化」、「地域への浸透」、「(組合員の)政治にたいする関心の低下」、「雇用形態と政治参画にたいする意識」、「(労働組合による)シティズンシップ教育」、「(職場への)情報発信」、「組織力と政治活動の関係」、「地方議員の創出」、「意識の多様化のなかでのビジョン、シンボル」、「政治参画と社会貢献にたいする意識のギャップ」、等々のトピックが話題にあがった。
このようにただ列挙すると「よく耳にするフレーズ」との印象を抱かれるかもしれないが、そのような課題でも、議論のトピックとしてあらためて対象化することによって見えてくるものがあったと思う。たとえば、課題を言い表す言葉は組織によって少しずつ違っても、その背景まで論じることによって、それらの課題を共通の背景(たとえば産業構造の変動)のもとで生じているものとして捉え直せることがある。一方で、課題としては同じものを見ていても、その解釈については見解が対立することもある。これらは一見すると真逆のことが起きているように見えるかもしれないが、いずれも一つの組織のなかでは固定化しがちな認識を相対化する契機となるという点で、本プロジェクトの成果といえる。認識の相対化という点では、ある組織が現在抱える課題が、他の組織がこれから直面する課題を照らし出しているように思われることもあった。ある組織のなかだけで見ていると「大きな課題を抱えた組織」という自己像にとらわれがちだが、他の組織も直面し得る未来への視野を持つことで「先進的な取り組みに着手している組織」として自組織をポジティブに捉え直すこともできる――
一朝一夕に組織像を塗り替えることは難しいが、その端緒は本プロジェクトのなかでも作れたのではないかと考えている。
第II期では、これから進むべき方向性について論議を進めることを目指し、スピーカー(ゲストも含む)からの話題提供を取り入れた。各回のスピーカーと話題提供のタイトルは次のとおりである。
1. 国際経済労働研究所労働政治研究事業部
「多様化する意識のもとでの『連帯』とは?――政治意識調査からの問い」
2. 兵頭淳史氏(専修大学教授)
「日本労働組合の『本質』論を問い直す――歴史的検討と国際比較の視点から」
3. 川久保皆実氏(つくば市議会議員)
「三バンなしでも当選できる!新しいスタイルの選挙運動」
4. 新川敏光氏(法政大学教授)「ポスト動員時代の政治活動」
篠田徹氏(早稲田大学教授)「労働運動における『拮抗力の回復』を考える」
稲増一憲氏(関西学院大学教授)「一般有権者における労働組合への信頼の分析」
※所属、職名はすべて発表時点
第1回では、当研究所で実施した政治意識調査の結果から、政策争点によっては組合員とその労組が推薦する候補者とのあいだに(さらには、組合員のあいだにも)意識のギャップがあることを示し、その状況にどう向き合うかという問いを投げかけることで第II期の議論の足がかりとした。第2回では、労働組合の政治活動をめぐる論議においてしばしば見られる、企業別労働組合を「障壁」とみなす認識を問い直すという趣旨のもと、歴史と国際比較の観点から日本の労働組合について研究してこられた兵頭淳史氏を招き、ご研究の内容を紹介していただいた。第3回では、労働組合であっても組織として一枚岩で選挙に取り組める状況ばかりではない現状において、いかに「つながりを作り直す」ことができるかというテーマのもと、2020年のつくば市議会議員選挙に無所属で初当選し、新しいスタイルの選挙運動で地方議員を目指す女性や若者に向けた「選挙チェンジチャレンジの会」を運営されている川久保皆実氏から、ご自身の選挙運動や議員活動についてご紹介をいただいた。第4回は、研究者メンバーそれぞれの関心にもとづく話題提供である。労働組合の拮抗力の(再)形成における政治の重要性や、戦略のあり方などについて議論が展開された。
3. 労働組合の政治活動はどこへ向かうのか?――本プロジェクトで見えた点
労働組合の政治活動はどこへ向かうのか――本特集のタイトルに掲げたこの問いには、本プロジェクトの議論を踏まえての、各自・各組織なりの見解があるべきであり、「研究プロジェクトとしての統一見解」のようなものはない。このことをもういちど強調した上で、この問いについて本プロジェクトで見えてきた点を最後に記しておきたい。
まず見えてきた点を短めのフレーズで述べるならば、大別して「政治活動の日常化から、日常の政治化へ」、「教育者としての労働組合から、支援者としての労働組合へ」の二点に整理される(とはいえ、両者は互いに関連している)のではないか。
一点目の「政治活動の日常化から、日常の政治化へ」について。労働組合の政治活動において、その言葉自体を使うかどうかに関わらず、「(選挙のときに限らず)日常的に政治に関する活動を展開する」という意味での「政治活動の日常化」が目指されていることは多いように思われる。それは具体的に言えば、組織内議員の活動に関する(多くの場合、SNSも使用しての)情報発信であったり、組合員が日常的に政治や社会課題について考える機会の創出であったりする。政治や議員活動について情報を得る機会が少ない組合員にたいして労働組合が機会を広げていくことは、もちろん大きな意義をもつし、川井田氏が紹介してくださっているように一定の効果も見られるようである。しかし、政治にたいする関心や情報への接触に関する理論や実証的研究の知見に照らして見ると、そのような働きかけを受けとめる土壌がどれだけあるのかということが危惧される。種々の働きかけが効果を有するとしても、それがすでに育っている限られた範囲の土壌へさらに水を注ぐような働きかけになっているとすれば、早晩、効果は頭打ちになりかねない。水を受けとめる土壌を広げていくことが必要なのである。
このあたりの認識は、南澤氏が述べられている「社会と政治を考える思考と行動の注ぎ込み」と通底するものがあると思うが、「日常の政治化」では「職場における日常をいかに組み立てるか」ということに着目する度合いが高いのではないかと思う。これも川井田氏が言及してくださっている点だが、当研究所の第55回共同調査(組合員政治意識調査)総合報告書で次のように考察を述べている。
「一見したところ政治とは関係がないと見られるような、職場づくりという労働組合の活動が、組合の集団的な問題解決力にたいする信頼を高めることを通じて、結果的に組合の政治活動にたいして肯定的・積極的な組合員を増やすことにつながる」
この引用が述べているのは、換言すれば、職場の問題を仲間とともに解決することができるという小さな集団レベルでの効力感を、労働組合という大きな集団が社会に働きかける力を信じるための「土壌」として育てなければならない、ということである。日本若者協議会の室橋祐貴氏は、当研究所の総会記念講演において「小さなコミュニティでさえ変えた経験がなければ、より大きな地域や社会、国を変えられると思うのは難しい」と述べられたが、まさにこのことと同じである(本誌2023年1月号、p.9。本稿で「効力感」と言っているものが室橋氏の講演では「有効性感覚」と訳されているが、いずれも原語はefficacyであり同じである)。「政治活動の日常化」が「日常にたいする政治活動の浸透」であるとすれば、「日常の政治化」は「それを延長していけば自然と政治に行き着くような日常の組み立て」というふうに表現できる。佐藤氏の寄稿にある「政治や選挙という言葉」の「解体」は、「日常の政治化」の一つの契機にあたるかもしれない(同寄稿ではパート組合員にフォーカスされているが、ここでは議論をすべての組合員に広げても同じことが言えると考えている)。
二点目の「教育者としての労働組合から、支援者としての労働組合へ」も、以上のように職場での日常的な経験からの延長に政治参加を位置づける視点と関連している。少しくわしく敷衍すれば、「組合員が政治の主体になれるような、支援的な環境をつくることが労働組合の重要な役割になるのではないか」という考えである。半沢氏の寄稿でも言及されているように、労働組合は伝統的に「民主主義の実践学校」としての役割を担ってきたとされるし、南澤氏が危惧されるとおり、社会を考える・政治を考える思考を会社が育むようなことが必ずしも期待できない現状に鑑みれば、今なお労働組合にその役割が期待されることは論を俟たないだろう。しかし、これもまた半沢氏も指摘されるとおり、「個々の自律性」が社会的な理念としても個々人の価値観においても大事にされるのが現代社会である。また、佐藤氏の寄稿では、パート組合員(時間給社員)が全組合員の8割を占めるという組織の特徴と結びつけるかたちで「就業時間外に行う組合活動の浸透は年々難しくなっている」という問題が述べられているが、いわゆる正社員であっても同質的なライフスタイルや働き方を前提にできなくなっている趨勢を考えれば、同様の問題は他の労働組合にとっても対処すべき問題として差し迫っている。そこでは、組合員が自律的に働く者として生活を送る職場活動そのものを「民主主義の実践学校」にすることを、換言すれば「職場における民主主義を機能させる役割を、労働組合が担う」というかたちでの支援的な関わりを、目指す必要があるのではないだろうか。
職場活動そのものを「民主主義の実践学校」にするということに関して、調査・研究の観点では、「企業の経営、職務内容、労働条件や職場環境などに関する意思決定権を労働者が制度的に分有する仕組み」としての職場デモクラシー(Workplace Democracy)というモデルは、以前から理論的・実証的な研究が進められている(参照:遠藤知子「職場デモクラシー論の検討と今後の課題」『大阪大学大学院人間科学研究科紀要』48巻、2022年。上記引用はp.218より)。職場におけるデモクラシーの度合いと、そこで働く人びとの政治的主体としてのあり方との関連についても、まさに研究が始まりつつある(参照:坂本治也「労働者協同組合での就労は善き市民の育成につながるのか?」日本NPO学会第25回研究大会報告資料、2023年)。政治活動そのものの研究から、政治活動をとりまく職場という環境の研究へ――政治活動の研究が向かう先は、こうまとめられるかもしれない。
4. 謝辞
本プロジェクトの参加者の皆様には、活発なご発言によって毎回の研究会を支えていただくとともに、多くの示唆を与えていただきました。さらに、予定されていた研究会がすべて終わった後にもかかわらず本特集への寄稿をご快諾いただいたおかげで、本稿冒頭で述べたように本プロジェクトの雰囲気をそのまま表現するような特集を組むことができ、感謝の念に堪えません。今後も皆様とさまざまな議論を交わせることを祈念して、御礼の言葉とさせていただきます。ありがとうございました。
本研究プロジェクトは、日本郵政グループ労働組合にも参加いただきましたが、プロジェクトの終盤で参加者の交代があり、本特集への寄稿は辞退されています。改めて、プロジェクトへの参加に感謝申し上げます。
また、PDF版にのみ、本号の印刷製本版(2024年6月発行済)には未掲載であった安周永氏(龍谷大学教授)の論考を収録しております(2024年11月収録)。印刷製本版とPDF版で内容が異なりますが、PDF版が2024年5/6月号の完全版となります。