Contents
高齢者福祉サービスの質と評価
郭 芳(同志社大学社会学部 准教授)
金 圓景(明治学院大学社会学部 准教授)
児童福祉サービスの現状と課題 ―児童養護施設を中心に
木内 さくら(京都文教短期大学幼児教育学科 特任講師)
梅谷 聡子(花園大学社会福祉学部 講師)
障害者福祉サービスの概要と評価 ―支援者は何をサービス評価の手がかりとしているのか
山村 りつ(日本大学法学部 教授)
廣野 俊輔(同志社大学社会学部 准教授)
今号の特集は、これまでにも社会政策や社会福祉の分野を中心に本誌の企画にご協力いただいてきた、同志社大学名誉教授・大阪公立大学客員教授の埋橋孝文氏よりご提案いただいたテーマである。ご協力に改めて感謝申し上げたい。以下では、埋橋氏にご執筆いただいた本企画の趣旨に関する解説を掲載する。
特集の趣旨
同志社大学名誉教授・大阪公立大学客員教授 埋橋 孝文
本特集では、第1に、現在、私たちが利用できる福祉サービスにはどんな種類があるかを、高齢、児童、障害の3つの分野でみていく。たとえば、私たちの親が要介護状態になった場合に、あるいは私たちの子どもや障害をもつ家族が福祉サービスを必要とする場合に、どういう種類のサービスを受けることができ、サービスの内容はどのようなものであるかなどは、関心の高いトピックである。実情ではそうした情報は必ずしも利用しやすい形で提供されているとは限らず、役立つ情報へのアクセスは容易ではない。
第2に、「サービスの質」について現場ではどのように捉えられており、また、質を担保するために設けられている内部評価や外部評価(第三者評価)がどのように受け止められているかを検討する。
第3に、現在、福祉サービスの供給をめぐって、時間や費用のかかる評価のあり方や、より良質のサービスを提供するにあたって桎梏となっている深刻な人材不足や人材養成の難しさなどの問題点を明らかにする。福祉の現場では、利用者本位や自立支援、尊厳の維持などを目的としてサービスの提供がめざされているものの、現実的にはそうした目的の達成を阻むいくつかの障壁が存在する。
以下では上の3つの検討課題のうち、第2の「サービスの質と評価」について補足しておく。
2000年からの介護保険制度の施行により、福祉の領域で「措置から契約へ」という流れが強くなり、同時に、サービスの供給に占める民間営利法人事業者や非営利法人事業所の割合がそれ以降増えてきた。こうした中で、2001年から始まったのが「福祉サービス第三者評価事業」であった。この事業の目的は以下の2つとされた。
1)利用者の適切なサービス選択に資するための情報となること。
2) 福祉サービス事業者が事業運営における具体的な問題点を把握し、福祉サービスの質の向上に結び付けることを目的とすること。
2001年以前からも行政による査察事業があったが、それは最低基準のみを定めたものであり(それでも違反事例は今でも存在するが)、「第三者評価」はそれを上回る質のサービス供給をめざしている。ただし、「福祉サービスの質」の中身については誰もが納得するコンセンサスが存在するわけではない。福祉の現場では医療現場と同じようにサービスの供給者と利用者の間で「情報の非対称性」が存在している。そのことが民間営利事業者の参入と相まって、虐待に代表されるような不適切な処遇を生み出すことへの懸念を生み(図1参照)、そうしたことからサービスの質の向上をめざす評価制度が設けられた。つまり、ヒューマンサービスの供給を契約にもとづき市場にゆだねることは問題を生む可能性があり、何らかの公的規制が付け加えられるようになったのである。
出所:令和4年度「『高齢者虐待の防止法』に基づく対応状況等に関する調査結果」。
ただし、第三者事業をめぐる政府、自治体などの公的関与はごく限定的であり、税を財源とする公的資金がその事業にふり向けられているわけではない。その他、利用者のサービス選択にはほとんど役立っていないということもあり、事業のあり方は現在大きな岐路に立っているといっていい。それを端的に示すのは受審率の低迷である(注1)。第三者評価に携わっている全社協の報告書(全社協2022)は危機感に満ちた論調となっている。しかし、単に公的資金を振り向け、被評価事業者に補助金を支給して受審率を上げればそれで済むという問題ではないのではないか、というのが私たちの問題意識である。つまり、現場でのサービスの質の向上に評価事業がどれだけ役立つかが決定的に重要であると考えている。
介護保険の施行後、福祉サービスは私たちの身近な存在となり、その処遇、サービスについての認識も深まってきた。しかし、それらのサービスが何をめざし、「良い(良質な)サービス」とは何かについて利用者や事業者・現場サービスの提供者の間である程度の共通理解がなければ、「質の向上」が見込めないのではないか。本特集では上の第2の課題に関わって、3種類の福祉サービスの質について現場ではどのように考えられているかを検討し、質の向上の方途を探る。また、第三者評価制度が現場ではどのように捉えられているかを探ることによって評価制度の今後の改善方向を見定めようとしている(注2)。
参考文献
全国社会福祉協議会(2022)「福祉サービス第三者評価事業の改善に向けて」
1) 全社協ホームページ(2024年10月10日閲覧)によると2022年度の受審率は以下の通り。
高齢者:特別養護老人ホーム5.81%、訪問介護0.15%、通所介護0.61%、障害者:居宅介護0.02%、生活介護2.09%、就労継続支援A型0.80%、就労継続支援B 型1.65%、児童:保育所8.16%、なお、児童養護施設38.69%、乳児院36.55%、母子生活支援施設32.56%は3年に1度の受審が義務化されている。
2) 本特集の3つの論稿は聞き取り調査の結果を踏まえて執筆されている。この聞き取り調査は、私たちが現在携わっている科研国際共同研究強化(B)「福祉サービスの質と政策評価-東アジア3ヵ国(日本・韓国・中国)を中心に-」(研究代表者:県立広島大学田中聡子教授、2022~2026年度、22KK0024)の一環として行われた。調査にあたっては県立広島大学の倫理審査の承認を受けている(承認番号 第23MH032号、2023年8月31日)。