研究所のダイバーシティ&インクルージョン研究の立ち上げメンバーでもある鈴木研究員に虎に翼はどうみえたのか? "トラつばコラム"を月に1度、今月から4回にわたってお届けします。
最初に私の自己紹介を。まず、私はドラマ評論家でも法律家でもありません。
では何者なのか、どんな立場から「虎に翼」のコラムを書こうとしているのか、ということを述べておきます。普段私は大学の非常勤講師なども兼任しながら国際経済労働研究所の研究員として働いています。研究分野は社会心理学。大学の卒業論文からこれまでの間、同性愛者に対する偏見や差別はなぜ起こり維持されてしまうのかということを心理的な側面から考えてきました。このテーマに関してはいろいろな議論がありますが、私が特に注目してきたのは、社会の大多数を占める異性愛者が同性愛者に対して否定的態度を示す背景には、ジェンダーに関わる意識が良くも悪くも影響を与えているだろうということです。現在は、ジェンダーに関わることやセクシュアリティに関わることも含めて、ダイバーシティ&インクルージョンの実現に向けて社会心理学の切り口からアプローチするべく日々奮闘しています。
筆者 :鈴木 文子
所属 :公益社団法人国際経済労働研究所 研究員
学位 :博士(文学)(2023年3月大阪公立大学)
主要論文:鈴木・池上(2020)「カミングアウトによる態度変容―ジェンダー自尊心の調整効果―」心理学研究,91,235-245.
第1回 現在もなお結婚が当たり前 寅子の「はて?」が聞こえてきそう
今、私は「虎に翼」にはまっている。
昨年、「2024年度前期の朝ドラ主演は伊藤沙莉さん」というネット記事の見出しが目に入り、これは面白いに違いないと確信した。さらにテーマが日本初の女性弁護士となれば、ドラマ『アリー my Love』に夢中な青春時代を過ごした私にとって見ないなんて選択はない。ということで放送をとても楽しみにしていた。
アリー my Love
98年にNHKで放送された米の弁護士ドラマ。「働く等身大ヒロイン、アリーがぶちまける“オンナ”の本音に思わず共感!」と紹介されている。
【参考】アリー my Love シーズン1 (字幕版)
https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B00TI5L6P6/ref=atv_dp_share_r_tw_7fca7d45fa874
すでに放送開始から2か月半が過ぎており印象的なシーンは数えきれないが、第6週30話の寅子の演説シーンはテレビの前で泣いてしまった。SNSでもそのシーンに感動した人たちの投稿は多数。
私も「志半ばで諦めた友、そもそも学ぶことができなかった、その選択肢があることすら知らなかったご婦人たち…」のセリフが刺さりまくった一人である。
30話の演説シーン
合格祝賀会で「日本で一番優秀なご婦人方」と紹介された寅子は…
【参考】[虎に翼] 第6週 ダイジェスト だいたい2分でわかる NHK
https://youtu.be/XG4eRINwASc?si=Eb0UIlRsFrlbrnvy
寅子が高等試験に合格したのは優秀であったことはもちろんだし、(本人も言っていたように)努力したことに間違いないが、それが全てではない。反対に、その他の女性たちが優秀でなく、努力をしなかったからとは言い切れない。自覚的にしろ無自覚的にしろ、様々な形で生き方を制限されてきた、強いられてきた女性もたくさんいるということだ。
例えば結婚。「虎に翼」の序盤でも寅子のお見合いについて描かれていたが、結婚して当たり前、それが女性にとっての幸せでもあるという風潮。
残念ながら、そうした風潮は形や様相を変えつつ現在も残っているように思う。
私は、大学で受け持つ講義の中で、マクゴールドリック(McGoldrick, M.)らの家族ライフサイクルと照らしながら「もし結婚や子どもを育てるということはなく生涯を過ごすとしたら、成人後のライフサイクルの中でどういった変化が求められるだろう?」というテーマについて学生と一緒に考えることがある。
マクゴールドリック(McGoldrick, M.)らの家族ライフサイクル
McGoldrickらは家族のライフサイクルを7段階に分け、それぞれの段階で家族が発達的に前進するために求められる第二次変化をまとめている。
上記の内容は、竹村和久(編)(2018) 公認心理師の基礎と実践⑪[第11巻]社会・集団・家族心理学.遠見書房,pp.144-146. を参考にしている。
元の文献については以下を参照されたい。
McGoldrick, M., Carter, B. & Carcia-Preto, N. (2011) The Expanding Family Life Cycle: Individual, Family, and Social Perspectives, 4th Edition. Person.
学生からは様々な意見が出てくる。
「仕事の収入はすべて自分のために使える」
「趣味などが充実する」
「仕事に没頭できる」
「独身者同士のコミュニティが広がる」
などの(どちらかといえば)ポジティヴな一面があがる一方で、
「友達がどんどん結婚して焦る」
「結婚しないという選択が良かったのか悩む」
「(仕事を辞めた後)人とのつながりがなくなる」
などの意見も出る。
印象的なのは、成人期から老年期までライフステージが変わっても常に「結婚しなかったことを悩むだろう」という意見が一定数出てくることだ。
ただし、その悩む原因はライフステージによって異なる。
例えば、若い頃は親からのプレッシャー、そのうち周りの人たちが結婚し始めること、中高年になると子どもがいないことへの不安、高齢者になると社会とのつながりがなくなる…、といったように。
こうした意見がすなわち実際の未婚者や子どもを持たない人たちにあてはまるとは言えない。悩みを抱えない人もいれば、想像とは異なる葛藤を抱える人もいるだろう。
しかし現状は、少なくとも大学生が想像する日本の社会は、「結婚しない」「子どもを産まない・育てない」という生き方は「焦り」「後悔」「悩み」「不安」が常に付きまとうと思わせるものなのだ。
「後悔したまま死ぬかもしれない」という意見が出てきたこともある。自らの意志ではなく、「結婚」という選択を選ばざるを得なかったという人は今もなお想像以上に多いのかもしれない。
私は、どんな生き方を選択してもハッピー、という世の中になればいいなと思う。結婚しても結婚しなくても、子どもがいても子どもがいなくても。
けれど現状は、法律、制度、社会のシステムや風潮が、結婚をしない、子どもを産まない・育てないという選択をした人たちをも平等に扱っているとは言い難い。
こういう話題では、「子どもを産み、育て、繁栄させていく人を優遇するのは当然」という意見も出てくるが、次の世代を育てていくために必要なことは、結婚や直接的な出産・育児だけではなく、社会に生きる人々にとって必要な様々(製品やサービス、システム、環境保全など)がつくられ改善されながら引き継がれていくことも同じくらい重要なはずだ。
結婚をする人、(直接的に)子どもを産み・育てる人への制度や保障は重要だ、しかし、そうでない人たちが安心して生涯を遂げるための制度や保障も重要だと思う。
大学生たちの意見をもし寅子が聞いたら「はて?」と首を傾げるかなと想像する。そして、現在を生きる私たちのできることは何だろうと考えあぐねている。