研究所のダイバーシティ&インクルージョン研究の立ち上げメンバーでもある鈴木研究員に虎に翼はどうみえたのか? "トラつばコラム"の第2回です。
第2回 様々な女性がいるということ 寅子自身も変化していく
「虎に翼」では、オープニングのタイトルバックから始まり、ドラマ内でも様々な女性※が描かれている。本題とは関係ないが、オープニングのタイトルバック制作はシシヤマザキさん。2021年に、伊藤沙莉さんとリリー・フランキーさんがMCを務める『ザ・ニューミュージックビデオ』※という番組で、映像クリエイターの一人としてシシヤマザキさんが紹介されていた。昭和楽曲のミュージックビデオを作成するという内容だったが、センスが溢れすぎているポップなアニメーション、さらに自身の映像を使うという手法も相まって、すごくワクワクしながら見ていた記憶がある。そして、2024年4月「虎に翼」の初回オープニング。「あの時共演していた二人やん!」と、ひっそりと興奮していたのでした。
様々な女性
登場人物が逐一女性であることを明言しているわけではないので、筆者から見て女性と思われる人たちも含まれる。
さて、本題に戻り。ドラマ内では様々な女性が描かれている。一緒に法を学んだ友人、寅子の母や花江、依頼者や調停中の人、道すがらすれ違う人たち、様々な女性たち、それは決して性格やタイプが違うだけでなく、様々な境遇や立場があり、寅子たちとは視線すら交わることなく生きる女性たちも存在する。
第15週(7月8日~)は、時の人となった寅子が新潟への異動を命じられる。それをきっかけに、それまで水面下にあった家庭内のひずみが表面化する。同時に、離婚調停中の女性に逆恨みをされたり、女性修習生には陰口を言われたり、寅子の立場からすると気が滅入る週だった。
なぜそうなったのだろう。一つは、桂場の言うように、寅子が力を持ちつつあるということだと思う。ここで言う力とは、何かの決定権を持っているということだけでなく、周りの人たちが「うんうん」とうなずいて黙って話を聞いてくれる、そんなことも含まれる。現代においても、例えば、男性よりも女性(やそれ以外)の言葉、大人よりも子ども(や老人)の言葉が軽んじられるなどといった場面は多々ある。
高等試験に合格した時の寅子の演説は、ほぼ男性(しかもおそらく中年)しかいないような状況の中で、若い女性である寅子はマイノリティ※であった。マイノリティである寅子が、平等な社会への想いを訴えたからこそ、それは切なる心の叫びだった。けれど、有名になった寅子が離婚調停中の女性や女性修習生と対峙したとき、圧倒的に権力を与えられた側に立つ。刃物を向けるという行為は100%その女性が悪いけれど、離婚調停中の女性や女性修習生たちにとって寅子の言葉は同じマイノリティ女性の心からの訴えではなく、自分たちよりも権力を持った人物の"お言葉"でしかなかった。どの立場から何を言うのかによって人への伝わり方はがらりと変わってしまう。
また、"名誉男性"に対する抵抗感ということもあるのかもしれない。"名誉男性"という言葉は、きちんと定義づけられているわけではなく、使う人によってニュアンスが少し異なることが指摘されている(鈴木, 2024)※。一般的にこれという定義が定まっていないことは大前提として、ここではひとまず、"男性中心社会に適応する、つまり男性的な働き方をして男性から認められている女性"としておきたい。
鈴木彩加(2024)「名誉男性」概念をめぐる考察 :
女性リーダー批判の背景をさぐる 社会学ジャーナル, 49 , 1-21.
女性が活躍できる道を切り開き、男女問わず救うことを志していた寅子。決して男性社会の中で自分が成功すればいいという思いではなかったが(むしろそうした社会を変えていこうとしていたのだが)、第15週目の寅子は名誉男性として描かれていたように思う。
桂場に新潟への異動の理由を聞かされる場面では、寅子という一人の女性を取り囲むのは男性ばかりで優しいまなざしを向けている。この場面、良い場面なのかもしれないけれど、名誉男性が具現化されているシーンのような感じがした。
一方で、家事や育児は花江たちに任せきりで、全く顧みない寅子。花江が泣きながら寅子に本音を吐露した後、冷静に寅子に話しかけるのは弟の直明だった(穂高先生然り優三然り、寅子を優しい口調で諭すのが男性に偏っていないかしら?というのが若干気になるところではある)。女学校からの親友のはずの花江とは、なんだかいつまでも"同志"という感じがしない。
女性から女性に向けられる偏見についての研究がある。例えば、高林・沼崎・小野・石井(2008)は、一人の女性の中にも、従来の性役割に一致するような"伝統的女性"と従来の性役割に一致しない"非伝統的女性"といった自己表象が存在しており、どちらの自己表象が活性化されるかでどのようなタイプの女性に偏見的態度を示すかは異なるだろうと予測し実験を行っている。その結果、(うまく自己表象が顕在化した参加者に限るものの)活性化された自己表象と一致したタイプの女性には(不一致なタイプの女性よりも)好意的な評価をすることが報告されている。
高林久美子・沼崎 誠・小野 滋・石井国雄(2008)
活性化した自己表象が女性サブカテゴリ―への偏見とステレオタイプ化に及ぼす効果心理学研究, 79, 372-378.
「虎に翼」で例えるなら、家事や育児をになう花江は"伝統的女性"の側面が強く、仕事をして家計を支える寅子は"非伝統的女性"の側面が強いといえるだろう。寅子と花江は友達であり家族でもあり、そうしたつながりによって良い関係を築いてはいたものの、もしかすると女性として"同志"となるのは簡単ではないのかもしれない。
そして、寅子がどんどん"名誉男性"になっていくことで家庭内でのひずみは大きくなった。"伝統的女性"の側面が強い花江にとって、同じ女性である寅子が男性の性役割を内在化させてしまうことや男性特権を享受することは、より一層の抵抗感を与えたのかもしれない。
寅子だけでなく、誰しもマジョリティの側面もあれば、マイノリティの側面もある。自分自身は変わらなくとも、どういう文脈に置かれるかによっても変化するし、それまでマイノリティ側だったはずが時間や環境の中でマジョリティ側になっていることもある。特にマジョリティ側に立ったとき、それに自覚的でいられるか、自分の言動を顧みることができるかを問われているように思う。
大学の非常勤講師なども兼任しながら国際経済労働研究所の研究員として働いています。研究分野は社会心理学。大学の卒業論文からこれまでの間、同性愛者に対する偏見や差別はなぜ起こり維持されてしまうのかということを心理的な側面から考えてきました。このテーマに関してはいろいろな議論がありますが、私が特に注目してきたのは、社会の大多数を占める異性愛者が同性愛者に対して否定的態度を示す背景には、ジェンダーに関わる意識が良くも悪くも影響を与えているだろうということです。現在は、ジェンダーに関わることやセクシュアリティに関わることも含めて、ダイバーシティ&インクルージョンの実現に向けて社会心理学の切り口からアプローチするべく日々奮闘しています。
筆者 :鈴木 文子
所属 :公益社団法人国際経済労働研究所 研究員
学位 :博士(文学)(2023年3月大阪公立大学)
主要論文:鈴木・池上(2020)「カミングアウトによる態度変容―ジェンダー自尊心の調整効果―」心理学研究,91,235-245.