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活動レポート

【全4回】 鈴木研究員による朝ドラ "虎に翼" コラム <3>

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研究所のダイバーシティ&インクルージョン研究の立ち上げメンバーでもある鈴木研究員に虎に翼はどうみえたのか? "トラつばコラム"第3回です。
 

 
第3回 言葉にすること・しないこと 寅子の誠実さを見習う
 

 虎に翼で注目したいのは、人と人との関係性に対して、恋愛とも友情とも周囲が結論づけない誠実さがあること。

 

 第11週51話、轟が涙を流しながら亡くなった花岡への想いを話すシーンは印象的だった。よねが「惚れてたんだろ?」と切り出したものの、「白黒つけたいわけでも、白状させたいわけでもない」と伝える。

 

 轟のシーンが放送された後、脚本家の吉田恵里香氏は X(旧Twittter)

轟も自認しているわけではないですが

と前置きをしたあと
轟の、花岡への想いは初登場の時から【恋愛的感情を含んでいる】として描いていて私の中で一貫しています(本人は無自覚でも)。人物設定を考える時から彼のセクシャリティは決まっていました。 もし轟が女性だったら、きっと最初から花岡との関係の見えかたが違っていたでしょう。~中略~轟自身がまだ自認しきっているわけでも答えをだしたいわけでもないと思うので、これを機に視聴者の方々も色々考えてご覧いただければ大変嬉しいです。

と投稿している。

 

 敢えて言葉にするなら、轟はゲイやバイセクシュアルなのかもしれない。でも、実社会において、同性との恋愛や性的な関係を持つ人が必ずしもそうしたカテゴリーに自分をあてはめているわけではない。時代背景を考慮して言葉にしなかっただけかもしれないけれど、本人が自認していないことを他者がカテゴリーにあてはめて語る乱暴さ、それを丁寧に取り除いた脚本やドラマ作りなのかなぁと推察している。

 

 また、第17週では、涼子と玉がそれまでの“華族のお嬢様とお付き”という関係から“共に生きる対等な二人”になっていく。涼子と玉は“親友”という言葉を使っていたが、二人を仲介することになった寅子からそういう言葉を使うシーンはなかったように思う。 “友達以上恋人未満”“恋愛結婚・友情結婚”みたいに、親密な関係性は友達か恋愛かといった二分法で語られやすい。けれど、涼子と玉の関係性について、本人以外の寅子が語るということは注意深く避けられているように感じられた。

 

 さて、こうしたドラマの姿勢はすごいなと思うし、私もそうありたいなと思う。世の中にももっとこうした観点が増えればいいなと思うけれども…。でも、人間ってやっぱり言葉にしたい、なんなら自分の知っている知識の枠組みで理解したい、そういう悪いところ(ある意味良いところ)があり、「他の人を勝手に語るのは止めようぜ」だけで終わりそうにないところがもどかしい。

 

 人が他者の印象を持つ過程を説明するモデルの一つに、ブリューアー(Brewer, 1988)の印象形成の2過程モデルというものがある。そのモデルでは、相手のカテゴリカルな部分(人種、性別、年齢等)が自動的に処理される第1段階、続いて相手を意識的に理解しようとする第2段階が想定されている。さらに、その第2段階には2つの処理モードがあり、相手をカテゴリーベースで理解しようとするモードと、個人ベースで処理するモードである。個人的な関与度が高いと個人ベースの処理が行われる。つまり、自分にとってこの人は特別とか重要だとなると、その人個人の特性に注目し全体像を把握しようとするということ。

 
※Brewer, M. B. (1988). A dual process model of impression formation. In T. K. Srull & R. S. Wyer, Jr. (Eds.), Advances in social cognition. Vol.1. Lawrence Erlbaum Associates. pp. 1–36.
 

 こうしたモデルで想定されているように、人間は、日常生活の中で「男性」「女性」、「子ども」「大人」みたいなことはほぼ自動的に判断してしまっている。さらに、もっとよく知りたい、知る必要があるといった理由がなければ「女性だからこうだろう」みたいに情報を処理してしまいがち。なぜなら、その方が効率がいいから。日々出会う全ての人を情報ゼロの状態から知っていくことはとても大変だし労力もいる。「こういうカテゴリーの人たちはこういう傾向がある」と予測がつけばコミュニケーションがとりやすくなる側面もある。

 

 こうした自動処理の過程やステレオタイプ(特定の集団に対する固定化されたイメージ)に基づく判断は、なかなか自分では意識しづらい。例えば、「あの会場にいた○○さん覚えてる?」「あぁ30代くらいの女性の?」みたいな会話は日常的に行われる。30代かどうかもわからないし、女性かどうかもわからないのに、ほぼ自動的に処理され、そしてそういう表現が口をついて出てしまう。

 

 私自身もそういうことに抗いきれているわけではない。ただ、「仕方ない」で終わっては元も子もないので、私は訓練するというのが効果的だと思っている。例えば先ほどの日常会話のように誰かを表現したい時は、できるだけ客観的事実を述べるようにする。「眼鏡をかけていた」「赤い服を着ていた」など。これをしたからといって、ステレオタイプが自分の中から消えていくわけではないけれど、まずは自分の発する言葉を変えていくことで、「〇〇な人は女性」といった勝手なあてはめを少しずつでも緩和していけるのではないかと思う。

 

 自分の知っている枠組みで理解をすることで安心したいという側面もあるだろう。けれど、効率の良さや自分の安心を優先し、他者を何かにあてはめて判断し、行動することでステレオタイプが強化されていく。それが、差別など深刻な社会問題にもつながっていく。自分のための勝手な判断を言葉にしないという誠実さ。そんなことを改めて寅子に諭された気がする。

 
第4回はドラマ最終回後の10/4(金)更新予定です。
 

鈴木研究員

大学の非常勤講師なども兼任しながら国際経済労働研究所の研究員として働いています。研究分野は社会心理学。大学の卒業論文からこれまでの間、同性愛者に対する偏見や差別はなぜ起こり維持されてしまうのかということを心理的な側面から考えてきました。このテーマに関してはいろいろな議論がありますが、私が特に注目してきたのは、社会の大多数を占める異性愛者が同性愛者に対して否定的態度を示す背景には、ジェンダーに関わる意識が良くも悪くも影響を与えているだろうということです。現在は、ジェンダーに関わることやセクシュアリティに関わることも含めて、ダイバーシティ&インクルージョンの実現に向けて社会心理学の切り口からアプローチするべく日々奮闘しています。
筆者  :鈴木 文子
所属  :公益社団法人国際経済労働研究所 研究員
学位  :博士(文学)(2023年3月大阪公立大学)
主要論文:鈴木・池上(2020)「カミングアウトによる態度変容―ジェンダー自尊心の調整効果―」心理学研究,91,235-245.
 

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